業務現場からの問い合わせ対応を担当者に一任
こうして各グループ会社のキーマンを味方に付けることには成功したものの、各社の業務現場にまでは方針が十分に伝わっていませんでした。各社経営トップから現場へと、大枠は伝わりましたが、そのままではボトムアップカルチャーが根強いリクルートにおいてプロジェクトの意義や価値を現場の従業員に腹落ちさせることはできません。このままプロジェクトから現場へのコミュニケーションを始めた場合、各社の担当からプロジェクトに対して大量の問い合わせが発生することが予想されました。
実際、過去にもグループ全社を横断する大規模プロジェクトにおいて、1週間で数百件もの問い合わせが各社の担当からプロジェクトに寄せられ、プロジェクトのリーダー陣がその対応に追われて、進捗に大きな影響が出てしまったことがありました。
本プロジェクトでも、当初は同様の事態が危惧されました。そこで同じ轍を踏まないよう、業務現場から上がってくる問い合わせや要望などをプロジェクトのリーダーに集約するのではなく、コミュニケーション専門チームを作り、担当者が自身の裁量で対応できるようにしました。チームには、営業や企画といった現場での業務経験もあるメンバーがグループ会社ごとにアサインされました。
ただし単に対応を丸投げするだけでは、担当者ごとにばらばらの対応を取ってしまい、かえって混乱を招くだけです。そこで、各担当者に対して、このプロジェクトの意義や目的についてあらためて共通認識を持ってもらえるよう、いくつかの施策を講じました。
具体的には、プロジェクトマネジメントチームから直接対面で情報を月次で発信したり、役員・室長クラスがこのプロジェクトについて判断した発言録をベースに、PM/PLがその価値観や判断基準を週次で共有したりといった施策を講じました。これによって、コミュニケーションチームのすべての担当者が役員やPM/PL・リーダー陣と同じような判断基準・価値基準を基に、各社との交渉に当たれる体制と仕組みを整えました。
このような対策をとったことで、プロジェクトのリーダー陣に負荷が集中する事態を回避することができました。また、コミュニケーションチームの各担当者がグループ会社の業務現場と向き合い、現場レベルで本プロジェクトの背景や意義について粘り強く説明を重ねたことで、最終的にはリクルートグループ全社の理解を得ることができました。
トップと現場の両面でチェンジマネジメントに取り組む
一般的なITシステム導入のプロジェクトにおいても、今回と同様にステークホルダーの数が多く、現場から強い抵抗が予想されるケースは珍しくありません。そんなケースに直面した際は、ここで紹介したようにチェンジマネジメントの手法を取り入れることで現場との葛藤を乗り越えられるかもしれません。
また、プロジェクトのステークホルダーが複数の企業や組織にまたがっている場合は、今回行ったように各企業・組織の「トップ層へのアプローチ」と「現場へのケア」を同時並行で進めることで、各ステークホルダーの理解と合意を得やすくなります。その際は、通常のプロジェクトと異なり、カウンターとして対応する対象が比較にならないほど多いことを考慮する必要があります。
リーダーがボトルネックになってプロジェクトの意思決定に影響を及ぼしかねないため、一部のリーダー層だけで対応するのではなく、現場レベルの担当者に権限を適切に移譲することが不可欠です。それだけでなく、判断の基準となる情報を都度きちんとフィードバックしておくことで、権限移譲したチームが自律的な判断と対応を取れるようになります。こうすることで、ステークホルダーとのコミュニケーションコストを分散して、リーダー層への負荷集中を避けることができます。
なお、こうした推進を実現できたのも、セキュリティポリシーを統括する部門と合同でプロジェクト編成を行い、お互いの強みを生かすことで組織の役割を越えた協働を行い、粘り強くアプローチし続けた結果であることも付け加えておきます。
今回紹介したプロジェクトは、セキュリティ領域のチェンジマネジメントが伴うプロジェクトということで、一般的な開発プロジェクトとは異なる内容でした。しかし、規模が大きくかつステークホルダーが多岐にわたるプロジェクトであれば、考慮するポイントは同じだと思います。今後もさまざまな種類のプロジェクトを担当していくにあたり、今回のポイントを意識してマネジメントしていきたいと思います。