野原: 建設産業の多重下請け構造は、おっしゃる通り末端の報酬に悪い影響を与えていると思います。ここは時間がかかったとしても、建設産業の未来のために変えていかないといけないというのは私も同意見です。
一方で、建設産業の構造を変えていくには非常に長い時間がかかるため、建設産業を良くしていく別の手立てを並行して講じていく必要があります。今、若い人たちに建設産業の魅力を伝えていくためには、どのようなことができるでしょうか。
徳島: 今の若い人はみんなSNSをやっているおかげで、現場から発信する情報に触れる機会が増えていると思います。東さんも現場で重機を操る女性としてテレビに出演されていましたけど、そういった働く姿や仕事内容を広く知ってもらうことで「この仕事は面白そう」と思ってくれる人は増えていくと思っています。
今やSNSは採用にもすごく大きな影響力があります。先ほど現場は古くて理不尽なところがあるという話がありましたが、SNSを活用している多くの若い人は、その会社の社長や職人の発信を見て、働きやすそうかどうかを判断するようになっています。
若い人に建設産業のことを知ってもらい、自分が働きやすいと思える会社を選んでもらうためにも、私がやっているようなユーチューブ(YouTube)での発信や東さんのようにインフルエンサーとしての活動に力を入れるのは大切なことなのです。
東: その意見には私も賛成です。私が現場の魅力を発信し続けている影響で、若い女性の中に建設現場で働きたいと言ってくれる人が増えている手応えがあります。一方で、撮影やSNSへの投稿を許してくれない現場が多くて、思うように発信をしきれていないのが現状です。
渡邊: ゼネコン側も若い人を増やしたいという割にはそういうところが課題ですよね。本音と建前というところでしょうか。
野原: 民間物件だと発信内容によっては、発注者のビジネスに影響してしまうようなケースもあるので、なかなか発注者が認めたがらないのは理解できます。その点、国や地方自治体が発注した建築なら、もう少し柔軟に対応できそうですね。
東: まさに国交省のICT施工の現場がSNS禁止の現場だったのですが、テレビの取材が入ることになったのをきっかけに、発信できるようになりました。私たちも自己顕示欲のためにやっているのではなくて、建設産業の発展のために立場をわきまえながら発信しています。いろいろな人に夢を与えたくて発信しているので、効果は未知数かもしれませんが、柔軟に対応していただきたいですね。現場で働く職人だからこそ伝えられる魅力 があると思います。
野原: 現場からの発信は、今の時代ならではのいいアプローチだと思います。そのほかにもできそうな対策はありませんか。
徳島: 私たちの仕事は、やってみないと面白さが分からない面があると思うのです。なので、向こうから来てくれるのを待っているだけではなく、実際に体験してもらう場を作るがすごく大切だと思います。
先日、初めて学生の職業体験を受け入れたのですが、とても楽しんでもらえました。やはり直接その仕事に触れる体験はインパクトが違います。口でいろいろ言うよりも、経営者の人となりや現場の雰囲気を知ってもらったほうが、結果的に来てくれる人が増えるのではないかと思います。
東: 本当に見てもらって体験してもらったら絶対に好きになる人がいると思います。先日見に行った「建設フェスタ」(※3)では、重機で習字をしたんです。それを見てとても喜んでいた学生もいました。そういう形で高校生や大学生に建設の仕事の楽しさが浸透してくれたらいいですね。
※3 建設フェスタ:自治体や関連企業が建設産業の魅力を伝えるために実施するイベント
渡邊: 話が少し戻ってしまいますが、今の人には働きやすい環境の整備が必要ですので、しっかり休みを取れる環境も整えないといけません。現場によっては必ず土日が休めるわけでもないし、朝も早いですよね。
「8時始業」と言われても、現場には7時前には入っていないといけないので、現場が家から遠ければ5時起きが確定です(苦笑)。それでまともに休憩を取れませんから、体力的には厳しいですよね。
東: 女性目線だと、トイレがない現場がまだまだ多いので、そこは改善してほしいですね。土木の現場では、自分で簡易トイレと簡易テントを持参していく時も多くて、それでは女性のなり手は増えません。私はその仕事が「好き」という強い気持ちがあるのでがんばれていますが、興味本位で入ってくれた人がなかなか続けられません。
野原: 労働環境の基本的なところから改善の必要がありますね。誰でも不必要な我慢をすることなく働ける環境を整えてこそ、入職希望者の裾野が広がっていくでしょう。ちなみに、皆さんの立場から見て、このような人に建設産業に入ってきてほしいというイメージはありますか?
渡邊: 今まではもうヤンチャ一択というか、自己主張が強くて反抗心がある人が多かったです。もちろん本当に真面目な人もいますが、傾向としては口調が強くてガッツがあるタイプが主流だったと思います。ただ、これは今後の時代の移り変わりと共に変わっていくでしょうね。
東: 先日、遠隔操作できる無人重機を見せてもらえたのですが、あれが広がると働く人の選択肢も増えていくだろうと思いました。女性ができるのはもちろん、外で長時間働けない人の受け皿にもなりそうです。今すぐには難しくても、将来、DXによって建設産業がいろいろな背景を持った人の受け皿になっていくのが理想的だと思います。
徳島: これから先、今までホワイトカラーと言われている人たちの仕事がAIにどんどん奪われていくので、優秀な人が建設産業に流れてくるのかなと思っています。
今の建設の現場でも昔よりは頭が柔らかい人が増えているので、そういう人がさらに増えてくれると、建設産業全体の印象も変わっていくんじゃないかと思っています。いい風潮だと思います。
野原: おっしゃる通り、これからホワイトカラーからブルーカラーに転職する流れは大いにあり得ると思います。そうなった時に建設産業に人材が定着し、より良い産業へと発展していくためには、多重下請け構造や単価、労働環境などの問題を改めていかないといけないでしょう。
皆さんのような未来の建設現場に向けた変化を牽引する若い人のお手伝いを通じて、業界の改善に寄与していきたいと考えています。本日は貴重なお話をいただきありがとうございました。
本連載は、『建設DXで未来を変える』(マイナビ出版)の内容を一部抜粋したものです。 書名:建設DXで未来を変える 著者:野原弘輔 書籍:1100円 電子版:1100円 四六版:248ページ ISBN:978-4-8399-86261 発売日:2024年09月13日 |