エウロパ・クリッパー

  • エウロパ・クリッパーの想像図

    エウロパ・クリッパーの想像図 (C) NASA/JPL-Caltech

エウロパ・クリッパーは、NASAのフラッグシップ・ミッションとして立ち上げられた。その名のとおり、最も大規模な科学ミッションで、米国の科学コミュニティによって行われる十年おきの調査「ディケーダル・サーヴェイ」に基づいて計画化される。つまり、NASAのみならず、米国の科学コミュニティ、ひいては米国そのものを代表、象徴するミッションである。

計画はNASAジェット推進研究所(JPL)が主導する。ミッション全体の費用は約52億ドルに達するとされる。

探査機の本体の寸法は3.0m×4.7m×3.0mで、太陽光が弱くなる木星圏で運用するため、長さ30.5mもの大きな太陽電池パドルを装備している。打ち上げ時の質量は約6tで、これまでにNASAが開発した中で最も大きく、重い惑星探査機である。

本体はまた、円筒形の部分と、四角い箱のような部分と大きく2つに分かれている。このうち、円筒形の部分には主に推進薬タンクとエンジン、太陽電池パドルなどが取り付けられている。一方の箱の部分には電子機器が入っている。この箱は、厚さ約9mmのアルミニウムと亜鉛の合金で作られており、放射線から中の電子機器を守るようにできている。

エウロパ・クリッパーのいちばんの目的は、エウロパに生命を育む環境があるかどうかを調べることにある。その成果は、太陽系内だけでなく、太陽系外の数十億の天体に生命が存在する可能性があるかどうかを、より深く理解するのに役立つ。

この目的のため、探査機には9つの観測機器を搭載し、エウロパの氷の大地の厚さを調べること、その下にある海との相互作用を調べること、エウロパの組成を調べること、そしてエウロパの地質を特徴づけることを目指している。

  • エウロパ画像システム(EIS)……広角カメラと挟角カメラからなるシステムで、エウロパの高解像度のカラー画像と立体画像を生成する。地質活動を調査し、表面の標高を測定し、他の機器に状況を提供する

  • エウロパ熱放射画像(E-THEMIS)……赤外線を使用して、エウロパの暖かい地域を識別することで、地表を流れる液体の水や、噴出している水などを調べる。また、地表の形状を識別し、特性を理解する

  • エウロパ紫外線分光器 (Europa-UVS)……望遠鏡で紫外線画像を作成し、エウロパの大気ガスと表面物質の組成を決定するのに役立てる。また、エウロパの近くで噴煙活動があるかどうかの兆候を探すことにも使用する

  • エウロパ地図作成イメージング分光計(MISE)……赤外線分光計で、エウロパの氷、塩、有機物、および最も暖かい“ホットスポット”の分布を地図化する。この地図は、科学者がエウロパの地質学的な歴史を理解し、またエウロパに海があるとすれば、そこが生命の生存に適しているかどうかを判断するのに役立つと期待されている

  • エウロパ・クリッパー磁力計(ECM)……磁力計を使い、エウロパに海が存在するかどうかを確認するとともに、その深さや塩分濃度を測定する。また、エウロパの地表を覆う氷の厚さも測定することを目的としている。さらに、エウロパの電離大気と、それが木星の電離大気とどのように相互作用するかについても調査する

  • プラズマ磁気探査装置(PIMS)……エウロパの周囲の磁場の歪みを観測し、海の有無の手がかりとなり得るエウロパの誘導磁場と、そうした歪みを区別する

  • 重力/電波科学……エウロパの重力場を測定し、内部構造の解明に役立てる

  • エウロパの海洋から地表近くまでを評価・観測するレーダー(REASON)……厚さ10~40kmと推定されているエウロパの氷を透過するように作られたレーダーで、氷の構造と厚さを研究するとともに、その下にあると思われる海を探す。また、エウロパの地表の標高、構成、粗さを調査し、さらにエウロパの大気中のプルーム(噴煙)を観測することにも使用する

  • エウロパ・クリッパーの構造を示した図

    エウロパ・クリッパーの構造を示した図 (C) NASA/JPL-Caltech

木星圏への到着は2030年

エウロパ・クリッパーは当初、NASAが有人月探査のために開発している巨大ロケット「スペース・ローンチ・システム(SLS)」を使って打ち上げられる予定だった。しかし、SLSの開発の遅れや、エウロパ・クリッパーのコストを削減させる目的もあり、スペースXの超大型ロケット「ファルコン・ヘヴィ」による打ち上げに変更されることになった。

ファルコン・ヘヴィは、現役の実用ロケットの中では世界で最も強力な打ち上げ能力をもつが、それでもエウロパ・クリッパーの打ち上げは簡単ではない。多くの場合、ファルコン・ヘヴィの打ち上げでは、第1段やブースターを再使用するために回収するが、今回は回収せず推進薬がなくなるまで飛行したうえに、さらに着陸脚なども取り外して軽量化するという徹底ぶりだった。ファルコン・ヘヴィが本来もっている打ち上げ能力を振り絞って、やっと打ち上げられたのである。

さらに、それでも直接木星圏へ向かう軌道に投入することはできず、エウロパ・クリッパーはまず2025年3月に火星をスイングバイし、続いて2026年12月に地球をスイングバイして、ようやく木星へ向かう軌道に入る。

木星への到着は2030年4月の予定で、エンジンを噴射して減速し、木星を回る楕円軌道に入る。前述のように、エウロパは木星の放射線帯の中を公転しているため、探査機をエウロパの周回軌道に入れて運用することは難しい。そこで、木星のまわりを回りつつ、エウロパの近くを何回も通過できるように設計された軌道を飛ぶことで、放射線の影響を最小限に抑えるようになっている。

エウロパへの最初のフライバイは2031年3月の予定で、運用を終える2034年までに、合計49回のフライバイが計画されている。この中で、探査機はエウロパの地表から約25kmまで接近する予定となっている。

エウロパの氷の下には、まだ誰も知らない物語が眠っている。それが紐解かれるとき、私たちは宇宙の神秘に一歩近づき、そして「この宇宙で人類はひとりぼっちなのか?」という疑問のヒントが得られるかもしれない。私たちの果てしない好奇心と未来への希望を乗せ、エウロパ・クリッパーの壮大な航海が始まった。

  • エウロパ・クリッパーを搭載したファルコン・ヘヴィの打ち上げ

    エウロパ・クリッパーを搭載したファルコン・ヘヴィの打ち上げ (C) NASA/JPL-Caltech

  • エウロパ・クリッパーの想像図

    エウロパ・クリッパーの想像図 (C) NASA/JPL-Caltech

参考文献

Liftoff! NASA’s Europa Clipper Sails Toward Ocean Moon of Jupiter - NASA
8 Things to Know About NASA’s Mission to an Ocean Moon of Jupiter | NASA Jet Propulsion Laboratory (JPL)
Overview | Mission - NASA's Europa Clipper
Instruments | Spacecraft - NASA's Europa Clipper
Ingrid Daubar, 2024, "Europa Clipper: 5 Months to Launch!", Astrobiology Science Conferences (AbSciCon) 2024, JPL Open Repository