天空から舞い降りる銀色のロケットが、大きな箸で挟まれるようにして帰還したとき、それは宇宙への挑戦が新たな段階に入ったことを告げる歴史的な瞬間となった。

スペースXは2024年10月13日、開発中の巨大ロケット「スターシップ」の5回目となる飛行試験(FT-5)を実施した。今回は初の試みとして、第1段の「スーパー・ヘヴィ」ブースターを発射台に帰還させ、地上の装置で捕まえるという前代未聞の挑戦に臨み、そして成功を収めた。

その一連の軌跡は、圧倒的な技術と意志の結晶と、人類の火星移住が現実となる可能性を示した。

  • スターシップのブースターを、発射塔の“箸”で捕まえた瞬間

    スターシップのブースターを、発射塔の“箸”で捕まえた瞬間 (C)SpaceX

スターシップの5回目の飛行試験

スターシップは、スペースXが開発中の宇宙輸送システムである。1段目にあたる「スーパー・ヘヴィ」ブースターと、2段目兼宇宙船にあたる「スターシップ」宇宙船から構成され、全長121m、直径9mという巨体を特徴とする。

エンジンもブースターに33基、宇宙船には9基装着されており、その強大なエネルギーで、地球を回る軌道に100tから150tもの打ち上げ能力をもつ。

スペースXはこの強大なロケットを使い、人類の火星移住を実現することを目指している。

スターシップの特徴のひとつは、機体すべてを回収し、迅速に再使用できるところにある。スーパー・ヘヴィは打ち上げてスターシップ宇宙船と分離したあとすぐに、スターシップ宇宙船も宇宙でのミッションを終えたあとに、発射台に帰還する。そして、再び機体を結合し、メンテナンスや推進薬の充填を終えたあと、またすぐに打ち上げる。まるで旅客機のように運用することで、打ち上げ頻度の大幅な向上と、打ち上げコストの抜本的な低減を図っている。

さらに、発射台に帰還するといっても、スペースXが現在運用している「ファルコン9」ロケットのように地上や船に直接降り立つわけではなく、またスペースシャトルのように滑空飛行して着陸するわけでもない。

スペースXが考えたのは、発射台に立っている発射塔(タワー)に備えた2本の巨大なアームを使い、ゆっくり降りてきた機体を挟むようにして捕まえるというものである。まるで箸のような仕組みから、ずばり「チョップスティックス(箸)」や、巨大な機械の腕であることから「メカジラ(Mechazilla)」といった名前で呼ばれている。

このような奇抜な方法を採用したのには、もちろん理由がある。ロケットや宇宙船が自力で地上に降り立とうとすると着陸脚が必要であり、また着地時の衝撃に耐えられるよう機体を頑丈に造る必要もある。一方、月や火星へ向けて大量の貨物を打ち上げるために、機体はできる限り軽く造りたいというジレンマがある。

そこで、地上側の設備で捕まえるようにすれば、着陸脚が不要になり、頑丈に造る必要もなくなり、機体を軽く、簡素に造ることができ、打ち上げ能力の向上が図れる。また、機体がシンプルになれば再使用のためのメンテナンス性も向上する。一見奇抜に見えて――何度見ても奇抜だが――、理にかなった仕組みなのである。

  • スターシップ

    スターシップ (C)SpaceX

スーパー・ヘヴィのキャッチに成功

今回の5回目の飛行試験(FT-5)では、まずスーパー・ヘヴィのみの捕獲試験が行われた。

これに先立ち、6月に実施した4回目の飛行試験で、スーパー・ヘヴィをメキシコ湾の指定した場所に、5mmというきわめて高い精度で軟着水させることに成功している。それだけの精度であれば、発射塔の箸の間に滑り込むには十分なため、今回の飛行試験で実際に捕獲が行われることになった。

ただ、万が一帰還や捕獲に失敗すれば、発射台はもちろん、周囲の環境にも大きな被害を与えてしまう。そのため、今回の試験では「機体や発射塔が正常で、条件が整った場合のみ」発射台への帰還を試みるとし、もし条件が整わない場合には、これまでどおりメキシコ湾に軟着水させるとした。また、帰還の可否は地上で最終決定することになっており、帰還のためにはフライト・ディレクターが手動でコマンドをスーパー・ヘヴィに送信する必要があった。

5回目の飛行試験では、スターシップ宇宙船はシリアルナンバー「シップ30」、スーパー・ヘヴィは「ブースター12」から構成された。いずれも今回が初飛行だった。

スターシップは、日本時間2024年10月13日21時25分(米中央夏時間13日7時25分)、テキサス州ボカチカにあるスペースXの試験施設「スターベース」からリフトオフ(離昇)した。ブースターが装備する33基のエンジンはすべて正常に燃焼し、大空へ舞い上がっていった。

離昇から2分35秒後、ブースターのエンジンは、中央の3基を除いて停止し、その直後にスターシップ宇宙船の6基のエンジンが点火した。そして高度約69kmで、両者のエンジンが燃焼している状態で分離する「ホット・セパレーション」を行った。

続いてブースターは、機体を反転させつつ、中央の10基のエンジンに再着火し、計13基のエンジンを燃焼させて、発射台に向けて飛行を始めた。やがて燃焼を終え、また分離部にあったリング状の部品を投棄した。

しばらく慣性飛行をしたのち、離昇から6分30秒後に13基のエンジンに着火し、ブレーキをかけた。その7秒後、ふたたび10基のエンジンを停止し、中央の3基のエンジンだけで降下を続けた。

そして、長さ70m、直径9mの巨大な銀色のロケットは、発射塔に寄り添うように近づいていき、そこから生えた2本の腕の間にするりと入り込んだ。そしてその腕は、ブースターを優しく抱きしめた。あまりにもすんなりと鮮やかに、まるでCGのアニメのように、初挑戦ながら空中キャッチに成功した。

捕獲された直後、ブースターからは、おそらくメタン漏れが原因と思われる小さな火災が発生したものの、すぐに消し止められた。また、機体にいくつかの損傷もみられた。

それでも、スペースXは、機体を発射台の上に置き、そしてタンクに液体窒素を充填する作業を行った。もちろんこれは、将来的に、着陸後にまたすぐに推進薬を補給して打ち上げるための予行練習として行われたものだった。

  • 飛行するスターシップ

    飛行するスターシップ (C)SpaceX

  • メカジラでキャッチされるブースター

    メカジラでキャッチされるブースター (C)Elon Musk/SpaceX