テストの自動化がもたらすメリット
この状況に対する解の一つが、継続的なテストを可能にするテストの自動化だ。複雑なシステム環境を持つ企業では、頻繁なアップデートや新機能の追加に対応するために、自動化されたテストプロセスによる再現性がありかつ継続性の高いテストプロセスの構築が必要不可欠だ。
メリットを紹介する前に、テストの自動化に関する誤解を解いておきたい。テストの自動化とは現在手動で行っているテストをやみくもに自動化するものではない。それでは十分な投資対効果が得られないし、必ずしも品質向上に寄与しない。
テストの自動化の要諦は、変更影響分析やビジネスの重要度に基づき(コード変更の影響度、モジュールの利用頻度、障害発生時のビジネスインパクト等)、リスクの高い領域に優先的にリソースを割り当てる、リスクベースのテストの採用にある。この点を見逃すと、テストの自動化は単なる人による打鍵の置き換えに終わってしまい、十分な成果を得ることができない。
優先順位付け、スコープの絞りこみを行った上でのテストの自動化は、次に挙げる点から有効な解決策になり得ると考えられる。
スピードと効率の向上
手動テストと比較して、テストの自動化は、短時間で多くのテストケースを実行でき、リリース前のテストサイクルを大幅に短縮できる。特にSAP S/4HANAのプロジェクトは、複数のシステムにまたがったビジネスプロセス全体をエンド・ツー・エンドでテストする必要がある。
また、テストは複雑かつ長期間にわたる場合が多いので、スピードアップと効率化によるメリットは大きい。テスト自動化により、迅速にリリースして変化に対応できるようになる。
正確性と信頼性の向上
SAP ECCからSAP S/4HANAへの移行、クラウド移行は、単なるアップグレードではなく、業務プロセスやシステムインフラストラクチャの変更を伴う。このような大規模なプロジェクトでは、ビジネスプロセスの変更や新しい機能の追加が発生し、それに伴うエラーやバグのリスクが増大するが、従来の手動テストでは人為的ミスが生じる恐れがあり、また人的リソースの制約により網羅できる範囲が限定的になってしまう。
テストを自動化すれば、短期間で大量のテストを繰り返し実行でき、エラー検出を早期に効率的に行えるようになる。また、回帰テストも自動化することで、より効率化され、クラウド移行などによりアップデートの頻度が上がっても、必要な品質保証のプロセスを実行できる。自動化することにより、移行後のシステムの正確性や安定性が維持され、品質が担保される。
コスト削減
デジタル変革プロジェクトには多額のコストがかかる。その中でも、プロジェクト全体の約30%の労力がかかるといわれるテストの最適化や効率化はコスト削減に貢献する。
手動テストは時間と労力がかかり、特にIT人材不足が喫緊の課題となっている日本では、貴重なIT人材の効率的な活用が求められている。テスト自動化の実装により、手動テストよりも迅速かつ効果的にテストを実行できるため、テスト期間の短縮によりコストを抑えることができる。
また、一度作成したテスト自動化は何度でも実行できるため、プロジェクト中だけでなく、その後のアップデート対応など、長期的に利用するほどに時間と労力を大幅に削減しコストメリットの可能性が高くなる。初期導入コストやメンテナンスコストを抑え、高い投資対効果を出すために、従来のスクリプトベースではなくノーコードのモデルベースを採用したツールや、AIを活用しシステムが変わった場合にも、テストケースを自動的に更新する機能を持ったツールも登場してきている。
テスト自動化において考慮すべき点
最後に、テスト自動化に関するその他の考慮点について言及したい。データに基づく判断がビジネスの雌雄を決する今日においては、データ移行後やシステム変更時のデータの整合性は非常に重要だ。日々増え続けるデータの整合性を確認するテストも自動化されていることが望ましい。
また、ビジネスが成長し、ユーザー数や取引数が増加しても、システムは高いパフォーマンスレベルを維持する必要がある。応答時間の遅延などのパフォーマンス問題は、顧客満足度やシステム運用に悪影響を及ぼす可能性がある。パフォーマンスとスケーラビリティの問題を事前に検知するために、パフォーマンステストも自動化して継続的に実行する必要がある。
最後に、基幹システムに関連するプロジェクトは前述のように複雑かつ多岐のシステムにまたがるため、専門的な知識が必要とされる。テスト自動化ツールは、SAP S/4HANA用に設計され、十分な技術検証が完了したもの、かつ複数のシステムにて汎用的に利用できるものを選定することをお勧めする。
2027年を目前に控えたSAP S/4HANA移行、クラウド移行をはじめとする企業のモダナイゼーションは、デジタルトランスフォーメーションにおいて不可欠である。ソフトウェアテストのリリースサイクルが加速していく中で、テスト自動化は、移行やアップデートのリスクを軽減し、スピードと品質の両立を実現するためのカギとなる。
テスト自動化は、技術的手法ではなく、企業の競争力を維持し、ビジネスの成長を続けるための重要な戦略的投資といえるだろう。SAPのプロジェクトや運用保守に、ソフトウェアテスト自動化の導入をぜひ検討してほしい。
著者プロフィール
成塚 歩(なりづか あゆむ) Tricentis Japan合同会社 代表執行役
慶應義塾大学卒業後、日本総合研究所に入社。2008年に日本マイクロソフトに転職。以後12年間にわたり、エンタープライズ向けにビジネスを展開。2020年、Apptio株式会社に入社し、代表取締役社長に就任。2024年、Tricentis Japan 合同会社に入社し、代表執行役に就任。