ヘラのミッション

そこで、ESAが開発したヘラの出番である。もともと、NASAとESAは協力し、二段構えの計画「AIDA (Asteroid Impact & Deflection Assessment)」を立ち上げ、第一段階がDART、第二段階がヘラと位置付けられている。

ヘラという名前は、ギリシア神話の女神ヘーラー(ヘラとも呼ばれる)にちなむ。ヘーラーは結婚を司る女神とされ、NASAとの共同計画であることからこの名前が付けられた。

ヘラはDARTのように衝突はせず、ディディモスとディモルフォスにランデヴーし、上空を付かず離れずで飛行しながら探査を行う。

ヘラが目的としているのは、両者がどんな天体なのか詳しく調べること、そしてディモルフォスがDARTの衝突によってどう変わったのかを詳しく調べることにある。

そもそも、ディディモスやディモルフォスがどのような天体か、つまり質量や大きさ、密度や硬さ、構成している物質、内部の構造などがどうなっているのかはわかっていない。また、DARTの衝突によってディモルフォスの形状がどう変わったのか、どれくらいの大きさのクレーターができたのかなどもわかっていない。

逆に言えば、それを調べて理解することができれば、いつか地球に衝突する天体が見つかったとき、どのような宇宙機をぶつければ、軌道をどれくらい変えられるのかを導き出すことができ、それをもとに有効で確実な手段を打つことができるようになる。

また、これまで二重小惑星は詳細に探査されたことはなく、純粋に小惑星の科学という点からも、その成果に期待が集まっている。

ヘラの本体は各辺1.6mの立方体で、自動車くらいの大きさがある。その両側にそれぞれ長さ約5mの太陽電池パドルをもつ。打ち上げ時の質量は1150kgある。開発はESAが担当し、製造はドイツのOHB SEが担当した。

探査機には、可視光カメラや赤外光カメラ、レーザー高度計など、5個の科学機器を積んでいる。また、日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)も計画に参加しており、小惑星探査機「はやぶさ2」で実績のある熱赤外カメラをもとに開発した「TIRI」を提供したほか、衝突現象の科学や小惑星の地質学、ダイナミクス、熱物性などの科学の研究でも貢献することになっている。

また、ヘラは2機のキューブサット(超小型衛星)も運ぶ。一機はイタリアの企業が率いるコンソーシアムが開発した「ミラニ(Milani)」で、ディモルフォスの表層の鉱物組成の調査や、周囲を舞う塵の浮遊量の調査を行う。もう一機はルクセンブルク主導のコンソーシアムが開発した「ジュベンタス(Juventas)」で、小惑星の地下をレーダーで探査したり、重力計で局所的な重力場を計測したりといった観測を行う。

ヘラは日本時間10月7日23時52分(米東部夏時間同日10時52分)に、米国フロリダ州のケープ・カナベラル宇宙軍ステーションから、スペースXの「ファルコン9」で打ち上げられた。打ち上げから約1時間後には太陽電池パネルが展開され、ディディモスへ向け、順調に航行を始めた。

今後、2025年3月には火星スイングバイを行い、これにより探査機はディディモスとの最終的なランデヴーに向けて速度が増す。また、火星スイングバイの前後では、観測機器の調整を兼ねて、火星の衛星「デイモス」を探査する。

ディディモスへの到着は2026年秋の予定で、観測期間は6か月が計画されている。また、探査の後半には、小惑星の表面の特徴を観測しながら、自律的に航行できる実験的な自動運転モードも試験する予定だという。

ESAのプラネタリー・ディフェンス局の局長を務めるRichard Moissl氏は「ヘラがターゲットの小惑星を綿密に調査する能力は、プラネタリー・ディフェンスの運用において、必要なものとなるでしょう。たとえば、ある小惑星が近づいてきたとき、ヘラのような探査機が偵察に向かい、軌道変更が必要かどうかを評価するシナリオが想像できます」と語る。

また、ヘラのミッション・サイエンティストを務めるMichael Kueppers氏は「ヘラのミッションが終わるとき、二重小惑星ディディモスは、史上最も詳しく研究された小惑星となり、地球を接近する小惑星の脅威から守ることに貢献するでしょう」と述べている。

  • ヘラとキューブサットの想像図

    ヘラとキューブサットの想像図 (C) ESA/Science Office

さらなるプラネタリー・ディフェンスの取り組み

ヘラがディディモスへ向かって航行しているいまも、地球ではさらなるプラネタリー・ディフェンスの取り組みが進んでいる。

ESAは今年7月、「RAMSES(Rapid Apophis Mission for Space Safety)」という新しい探査機の計画をスタートさせた。RAMSESは2029年に、小惑星「アポフィス」にランデヴーし、地球の重力で小惑星がどのような影響を受けるのかを調べることを目的としている。

アポフィスはかねてより、地球衝突の可能性があると言われている小惑星のひとつである。もっとも、最新の研究では、今後100年間は地球に衝突する可能性はないと考えられているが、2029年4月13日に地球の表面から3万2000km以内を通過すると考えられている。これほど大きな物体が、地球にこれほど接近するのは5000年から1万年に1回しかない確率だという。

RAMSESは、このまたとない機会にアポフィスを探査するため、2028年4月に打ち上げられ、2029年2月にアポフィスに到達する。打ち上げまで時間が少ないことから、ヘラの設計をもとにし、さらに観測機器を減らすなど簡素化して開発される。

  • 地球に接近する小惑星アポフィスを探査する「RAMSES」の想像図

    地球に接近する小惑星アポフィスを探査する「RAMSES」の想像図 (C) ESA/Science Office

一方、NASAも小惑星アポフィスに向けて「オサイリス・エーペックス(OSIRIS-APEX)」という探査機を向かわせている。この探査機は、かつて小惑星「ベンヌ」からサンプルを持ち帰った「オサイリス・レックス」のミッションを継承し、その余力を活かして実施されている。アポフィスが地球に最接近したあとにランデヴーし、その表面の形状や成分などを詳しく観測する予定である。

NASAはまた、「NEOサーヴェイヤー(Near-Earth Object Surveyor)」というミッションの準備も進めている。赤外線で宇宙を観測する宇宙望遠鏡で、地球の軌道の約4800万km以内に入り込んでくる地球近傍天体を発見し、その特徴を調べる。

現在NASAは、2009年に打ち上げた赤外線天文衛星「WISE」を転用した、「NEOWISE」という宇宙望遠鏡で地球近傍天体の観測を行っており、NEOサーヴェイヤーはその後継機となる。

現時点で、NEOサーヴェイヤーの打ち上げは2027年以降に予定されている。

ヘラは、二重小惑星についての理解を深めると同時に、地球を守るための技術を確立する大きな一歩となる。このミッションが成功すれば、今後のプラネタリー・ディフェンスをめぐる研究や技術開発に弾みがつき、宇宙の脅威から地球を守る手段が現実のものとなり、私たちの未来はより安全なものとなるだろう。

参考文献

ESA - Planetary defence mission Hera heading for deflected asteroid
ESA - Hera asteroid mission launch kit
Hera Mission
OSIRIS-APEX - NASA Science
ESA - Introducing Ramses, ESA’s mission to asteroid Apophis