地球から約1億km離れたところにある二重小惑星「ディディモス」。その片割れである小惑星「ディモルフォス」は2022年、人類による大胆な実験の舞台となった。探査機をディモルフォスに衝突させ、軌道を人為的に変える技術の実証が行われたのである。

はたして、この実験は小惑星にどのような影響を与えたのか? その謎を解き明かすため、2024年10月7日、欧州宇宙機関(ESA)の探査機「ヘラ(Hera)」がディディモスへ向け飛び立った。

結婚を司る女神にちなんで名付けられたこの探査機は、まるで永遠の誓いを交わした相手を守るかのように、宇宙の脅威から私たちを守る方法を授けてくれるかもしれない。

  • 二重小惑星ディディモスとディモルフォスを探査する、探査機「ヘラ」と2機のキューブサットの想像図

    二重小惑星ディディモスとディモルフォスを探査する、探査機「ヘラ」と2機のキューブサットの想像図 (C) ESA-Science Office

ディディモスとディモルフォス

探査機ヘラが目指す小惑星ディディモス(Didymos)は1996年に発見された。

その後、さらなる観測の結果、2003年には衛星を伴った「二重小惑星」であることがわかり、この衛星にはディモルフォス(Dimorphos)と名付けられた。

ディディモスの大きさは直径約780m、ディモルフォスは直径約151mある。ちなみに、直径200m以上の大きさをもつ地球近傍小惑星のうち15%は衛星をもっていることがわかっており、二重小惑星というのはそれほど珍しい存在ではない。

ディディモス、ディモルフォスともに岩石質の「S型小惑星」と推定され、大きな天体の破片が重力で寄せ集まってできた「ラブルパイル天体」であると考えられている。また、ディディモスの自転周期は約2.2時間と比較的早いことから、ディモルフォスは、ディディモスから遠心力によって飛び出した物質によって作られたのではとも考えられている。

両者は太陽の周りを約770日の周期で公転している。また、ディモルフォスはディディモスから約1.2km離れたところのまわりを11時間55分の周期で公転していた――2022年までは。

じつはこの年、米国航空宇宙局(NASA)がディモルフォスに探査機を衝突させたことで、その周期を11時間22分に変えてしまったのである。

なぜそんなことをしたのか? その理由は、地球を守る研究のためだった。

  • 小惑星ディモルフォスとディディモスの画像

    小惑星ディモルフォス(左)とディディモス(右)の画像。北極を画像の上部に向け、それぞれの小惑星と互いの距離は縮めてある (C) NASA/Johns Hopkins APL

DARTのミッション

いまから約6500万年、地上で栄華を極めていた恐竜は、直径10km程度の小惑星が地球に落下したことでほぼ絶滅したといわれている。そこまではいかなくとも、2013年には、ロシアのチェリャビンスク州に推定直径17mの隕石が落下し、多くの被害をもたらした。

NASAによると、地球の公転軌道から約5000万km以内を通過する、すなわちいつか地球に衝突するかもしれない「地球近傍天体」は、これまでに約3万6000個見つかっている。そのうち、今後100年以内に地球に衝突する危険性のあるものは確認されていないが、今後惑星の引力で軌道が変わるなどして衝突の確率が上がる可能性がある。なにより、地球近傍天体の多くはまだ未発見で、たびたび新しい天体が、それも地球のすぐそばを通過する直前や直後に発見されている。

もし、いつか小惑星が地球に衝突すれば、約6500万年の歴史が繰り返され、人類は滅亡するかもしれない。

こうした中、「プラネタリー・ディフェンス(惑星防衛)」という活動が、国際的に活発になってきている。その名のとおり、小惑星や彗星のような天体が地球に衝突し、大災害になることを事前に防ごうという活動である。

1990年代のはじめごろ、まずは望遠鏡やレーダーによる観測で、地球接近天体を発見したり追跡したりする活動に始まり、2000年代からは各国の小惑星探査によって地球接近天体の素性が解明されてきた。そしていま、天体の地球衝突回避や、被害の最小化を目指す研究が進んでいる。

天体の地球衝突を回避する、最もシンプルかつ確実な方法として確実視されているのが、宇宙機を天体に衝突させて軌道を変えるというものである。もっとも、探査機をどんな風にぶつければ、軌道をどれくらい変えられるのかという、基本的なこともはっきりとはわかっていない。

そこで、NASAが打ち上げたのが「DART(ダート)」だった。DARTという名前は「Double Asteroid Redirection Test(二重小惑星の軌道を変える試験)」の頭文字から取られており、その名のとおりディモルフォスにぶつかることで、軌道を変えられるかどうかを調べることが目的だった。

ディモルフォスがターゲットになったのは、将来的に地球に接近する可能性があり、万が一地球に衝突した場合には大きな被害が予想されるため、「潜在的に危険な小惑星(PHA:Potentially Hazardous Asteroid」に分類されていること、二重小惑星であるため軌道の変化がわかりやすいこと、天体のサイズが適切であること、そして地球から観測しやすい位置にあることなどが理由だった。

DARTは2021年11月24日に打ち上げられ、2022年9月26日に、ディモルフォスに約6km/sの速さで命中した。当初、科学者は衝突によって公転周期が1%ほど変わるだろうと考えていたが、実際には11時間55分から11時間22分に、つまり4.6%も減少させることに成功した。さらに、宇宙空間に数千kmにも及ぶ破片の噴煙を吹き上げさせた。

しかし、実験はこれで終わりではない。DARTが衝突する前と後の状態を調べ、ディモルフォスが受けた影響の度合いを調べる必要がある。そこまで解き明かして初めて、天体の地球衝突を回避するための、確実な知見を得ることができる。

  • NASAが実施したDARTの想像図

    NASAが実施したDARTの想像図 (C) NASA/Johns Hopkins APL

  • DARTに搭載されていたキューブサットが撮影した、DARTとディモルフォスの衝突によって発生した破片の雲

    DARTに搭載されていたキューブサットが撮影した、DARTとディモルフォスの衝突によって発生した破片の雲。写真の中央がディディモスで、右下がディモルフォス (C) ASI/NASA/APL