ボーイングとNASAにとって大きな痛手
スターライナーは、ボーイングが開発している有人宇宙船で、ISSや、将来建造が予定されている民間の宇宙ステーションなどに、人員を運ぶことを目指している。
NASAは2010年から、民間企業に商業用の有人宇宙船を開発させることを目的とした「CCDev」プログラムを立ち上げ、審査を経て、2014年にボーイングとスペースXの2社を採択し、ボーイングはスターライナを、スペースXはクルー・ドラゴンを開発した。
この背景には、スペースシャトル引退後のISSへの宇宙飛行士の輸送を民間企業に委託し、宇宙ビジネスを振興する狙いがあった。とくに、2030年代には民間の宇宙ステーションの建造も予定されており、地球低軌道での有人活動は民間のものになっていく気運が高まっている。
また、それによりNASAは、有人月・火星探査に注力できるという狙いもあった。
そして、2社に開発させることによって、どちらか一方の宇宙船に問題が起きても、輸送手段そのものは失われないようにするという狙いもあった。とくに、シャトルの引退後、NASAはISSへの宇宙飛行士の輸送をロシアの「ソユーズ」宇宙船に依存することになり、多額の運賃を支払わざるを得なかったことから、米国製の宇宙船を持つこと、それも2種類の異なる宇宙船を用意して、宇宙飛行士の輸送の自立性を維持し続けることは至上命令となった。
当初は、歴史と実績があるボーイングのスターライナーが本命視されていたが、開発中に多くの技術的な問題が起き、予定は大きく遅れた。
2019年になり、ようやく初の無人飛行試験「OFT-1」に臨んだものの、問題が相次いで発生し、ミッションを中断して地球に緊急帰還する事態となった。改修を経て、2022年5月には2回目の無人飛行試験「OFT-2」を行い、細かな問題は起きたものの、ISSへのドッキングなどの予定していたミッションをこなし、おおむね満足できる成果を収めた。続いて、初の有人での飛行試験となるCFTに向け準備が進められるも、またもや問題が相次ぎ、打ち上げ延期を重ねた。そして、今回の事態が起きた。
一方、スペースXのクルー・ドラゴンも、遅れこそあったものの、比較的順調に開発が進み、2020年から運用段階に入り、宇宙飛行士の輸送ミッションを続けている。
こうした中で、今回のスターライナーCFTのつまずきは、ボーイングとNASAの両方にとって大きな痛手となった。
ボーイングにとっては、これまでの開発の遅れと、今回のCFTでの出来事により、スターライナーのみならず、同社そのものの信頼性も大きく下がった。
なにより、開発費が膨れ上がり、同社の業績に影響を与えている。CCDevプログラムは基本的に固定価格契約であり、NASAからは最初に定められた金額が支払われるのみで、足らない分、つまりコストが超過した分はボーイングが自ら負担しなければならない。すでに、ボーイング側の持ち出し金額は、16億ドルとも、20億ドルとも言われている(ただし、特例として、NASAから臨時で追加資金も支払われている)。
開発が終わり、運用段階に入れば、NASAからの委託でISSへ宇宙飛行士を輸送したり、民間の宇宙旅行者を運んだりして、その運賃で開発費を回収することもできるが、逆にいえば開発が終わらない限り、それも見込めない。
さらに今後、原因究明と、改修や追加の試験、また再度の無人、有人の飛行試験を行うことにもなれば、開発期間も開発費もいま以上に膨れ上がる。加えて、これまでの度重なる開発の遅延や、飛行試験で問題が相次いでいることを考えると、別の未知の問題が潜んでいる可能性も否定できない。最悪の場合、経営上の理由で、ボーイングがスターライナーの事業から撤退する可能性もありうる。
一方、NASAにとっても、スターライナーが完成しなければ、当初の目的であった“2種類の宇宙船で有人宇宙輸送の自立性を維持し続ける”ことができない。
なにより、CFTのあとに予定されていた、スターライナーによる宇宙飛行士の輸送は白紙となり、ISSの運用計画は大きな影響を受けることになっている。また今後、スターライナーの改修と飛行再開に年単位の時間がかかったり、あるいはボーイングが撤退したりすれば、さらに大きな打撃を受けることになる。
はたして、ボーイングはこの苦境を乗り越え、スターライナーを完成させることができるのだろうか。前身の企業を含め、米国の宇宙開発を黎明期から支え、歴史を創ってきた同社の真価が問われている。
参考文献
・NASA’s Boeing Crew Flight Test Status News Conference - YouTube
・NASA Decides to Bring Starliner Spacecraft Back to Earth Without Crew - NASA
・Mission Updates
・FAQ: NASA’s Boeing Crew Flight Test Return Status - NASA