2024年1月1日午後4時10分、石川県能登地方で最大震度7の地震が発生し、能登半島から日本海沿岸の地方まで広い範囲を津波が襲った。地震による建物の損傷だけでなく、道路の寸断や空港、港の損傷など交通アクセスが広範囲に影響を受けたこともあり、被害状況の把握、報道には民間各社の衛星画像を利用した例もみられる中、その多くは被害を直感的に視認できる高分解能の光学衛星画像となっている。
一方で宇宙航空研究開発機構(JAXA)の先進レーダ衛星「だいち2️号(ALOS-2)」は、1月1日23時10分に最初の緊急観測を行い、以後1月15日まで能登半島を中心とする災害緊急観測を続けた。ALOS-2、そして間もなく打ち上げとなる後継機「だいち4号(ALOS-4)」といった合成開口レーダ(SAR)衛星は、夜間や冬の北陸地方に多い雲がかかった日などの気象条件でも、広範囲を一度に、そして確実に観測することができるため、発災直後の地上からのアクセスが困難な状況でも、被害状況を把握することに役立つ。今回の事例では、QPS研究所やSynspectiveの衛星による追加観測など、民間のSAR衛星とのコラボレーションも実現した。とはいえ、SARデータ判読の難しさ、データを情報として伝えるための直感的なビジュアル制作の経験不足、コストへの不安などもあり、能動的にメディアがSARデータを利用して情報を“取りに行く”という大きな動きにはつながっていないように思える。
JAXAは、能登半島地震のALOS-2観測データを広くWebサイトで公開しており、データを試用して研究や教育を行うことができる。JAXA対応のレポートのように、衛星による災害時のデータ利用を学べる教育性の高いコンテンツも公開され、防災の専門家や研究者以外にも、データ利用に関心を持つ一般の人々が自ら学べる環境が実現している。
そこで今回は、JAXA公開データと無償のGISソフトを利用し、能登半島地震のSARデータの簡易解析(変化抽出)を行い、公開されている地震の被害状況データを利用した変化箇所に関する情報収集を行ってみることにした。さらに内閣府、国土交通省、文部科学省の専門家による解析結果のレビューを受け、見落としや解釈の誤りなどをご指摘いただいた。
本記事での試みは、すでにJAXAや国土地理院、大学などが専門知識に基づいて行った衛星データの判読を簡易的になぞるものだが、誰でもPC環境さえあればこうした解析に着手できる。これは災害時の能動的な情報収集に踏み出すための事例づくり、いわば「机上の防災訓練」が目的だ。
取材・記事協力(資料提供、解析結果コメント)
- 内閣府 宇宙開発戦略推進事務局 吉田邦伸 参事官
- 文部科学省 研究開発局 宇宙開発利用課 小川崇 調査員
合成開口レーダ(SAR)の基本と防災利用の考え方
合成開口レーダ(SAR)衛星とは、アンテナから電波(マイクロ波)を発射し、地表で反射した電波を同じアンテナで受信して地表の様子を調査する、地球観測衛星の一種だ。
2014年に打ち上げられたJAXAのALOS-2は、Lバンドと呼ばれる山林の観測に適した波長を利用し、およそ南北方向に幅50km、分解能3mの観測を行える。また自ら電波を発するため、太陽光の反射を利用する光学衛星と異なり夜間でも観測できる。ALOS-2は夜12時前後に観測時間帯があり、1月1日午後4時すぎに発生した地震の状況を当日の午後11時すぎに観測することができた。またマイクロ波は雲を透過するため、悪天候の状況でも観測できる。光学衛星は雲の下を撮影することができず、また気象条件によっては航空機が飛行できない場合があるが、SAR衛星ならば天候に依存しない。
マイクロ波が地表で反射して衛星アンテナに戻ってくることを「後方散乱」、その強さを「後方散乱強度」という。地表を覆っている物体によって後方散乱強度が異なり、金属製の人工物(自動車や海上の船舶など)は後方散乱が大きく、滑らかな水面は衛星と異なる方向に電波を反射するため後方散乱は小さい。観測データを画像化すると、後方散乱の大きなものは白っぽく明るく、小さいものは暗く、草地のような中間的なところはグレーになる。SAR画像は後方散乱強度を反映したモノクロの濃淡となり、画像を解釈して情報を引き出すことが難しく、訓練が必要だ。専門家がSAR画像を解釈して情報化することを「判読」といい、ソフトウェアを用いてある程度形式化された手法でSAR画像を情報化することを「解析」と呼ぶ。解析には簡易的なものから機械学習を用いた高度なものまであり、ここで行うのは、利用の第一歩となる簡易的な解析である。
災害時には、観測日時の異なる2つのSAR画像を重ねて、災害の発生前と発生後の地表の変化を調査する解析手法がよく使われている。2つの時期の画像(以後「2時期画像」)を重ねて擬似的に色をつけ、変化の大きかった場所が赤や青で浮かび上がるように処理した「カラー合成」は、水害の場合に利用されている。
今回行ったのも2時期画像を用いたカラー合成の一種。2時期のデータから、地表の変化した場所を探し出すことを「変化抽出」と呼ぶ。また、観測条件が同じ複数の時期の反射波の位相差(ズレ)から地表の高さの変化を把握する高度な解析を「干渉解析」といい、能登半島地震の際にも地殻変動を調査するために行われている。本記事では干渉解析は扱わず、後方散乱強度による2時期画像からの変化抽出を行っている。
一方で、SAR衛星には電波を利用するからこその制約もある。SAR衛星はアンテナに近いところにある対象物に反射した電波から順番に記録していく。この順番を地表物の位置関係と対応させるため斜め方向に観測する必要があり、衛星の進行方向に向かって斜め下に電波を照射している。右側に向かって観測する場合、北向きに進行(北行、昇行、昇交などと呼ぶ)しているときはおおむね東側に向かって、南向き(南行、降行、降交など)に進行しているときは西側に向かって斜めに電波を発していることになることから、アンテナと地表の角度によって、地表を判別しやすい場合としにくい場合がある。災害対応に適した角度はおおむね29.1~48.0度とされており、今回JAXAが公開している能登半島地震の観測データは29.1度のものだ。
この斜め観測に特有のエラーがある。電波が斜めにあたることから、山が壁となって山の後ろ側に電波が当たらず、情報が得ることができない現象を「レーダーシャドウ」と呼ぶ。また、高い建物や山頂が衛星から近い距離にあると判断され、倒れこんで見える現象を「レイオーバー」と呼ぶ。レイオーバーは山だけでなく高い塔などの建物でも発生し、実際には存在しないゴーストのようなものが画像に映っている。SARには見えていない(情報を読み取ることができない)場所がある、と考えてもらえばいいだろう。
そのほかにも、建物が混み合った都市部では電波の反射が複雑になって浸水の判読が難しい、水田に水を張られている時期とそうでない時期を比べると水のあるなしを“変化”ととらえてしまい解釈に誤りが生じる、などといったSAR特有の難しさがある。また夜間・悪天候に強いとはいえSARは万能ではなく、常に「見落とし(偽陰性)」、「見えすぎ(偽陽性)」の可能性をはらんでいる。災害対応で利用する際は、常にその可能性を念頭に置いて、被害状況を把握するための手がかりのひとつ、と考えたほうがよい。多くの人がSARデータを使って地域の状況を調査すれば、とくに対象となる土地をよく知る人が見れば、情報が積み重なることで役に立つものになっていく。SARの長所短所を理解した上で、訓練を積んでいこう。
データを準備する
まずは、ALOS-2観測データを準備しよう。JAXA Webサイトの「JAXA ALOS-2 / PALSAR-2 観測プロダクト 災害関連データの無償公開『令和6年(2024年)能登半島地震』」から、JAXA令和6年(2024年)能登半島地震 ALOS-2データをダウンロードする。ここにあるSARデータは、受信した状態の生のデータから、扱いやすい単位に切り取る、目で見て判読できる画像化するといった処理が何段階も行われている。処理の段階は「L*.*」のようにLと数字で表されており、数字が大きくなるほど高次処理が行われた、いわば“下ごしらえ済み”の状態になっていくといえる。
能登半島地震のデータ公開の場合は、JAXAは「L1.1」と「L2.1」の2種類を公開している。解析を行う際には、画像を真上から見たようにする「オルソ補正」といった処理が必要になるため、オルソ補正済みの「L2.1」データを利用する。L1.1の利用には専用のデータ処理ツールや基礎知識が必要となり、これだけで処理の時間や手間が必要となるので、まずはプロが下ごしらえをすませたデータで解析の訓練をしよう。
公開データ一覧
- 【発災後】2024/01/01 Frame:0770 L2.1(GeoTIFF)
- 【発災前】2022/09/26 Frame:0770 L2.1(GeoTIFF)
- 【発災後】2024/01/02 Frame:2830 L2.1(GeoTIFF)
- 【発災前】2023/06/06 Frame:2830 L2.1(GeoTIFF)