スターシップIFT-3の飛行
スターシップIFT-3は、日本時間3月14日22時25分(米中部夏時間同日8時25分)、テキサス州にある同社の施設「スターベース」から離昇した。スーパー・ヘヴィに装備された33基のラプターは、すべて正常に始動し、ロケットは轟音とともにゆっくりと上昇して発射塔を無事に通過した。
その後もエンジンは1基も止まることなく、順調に上昇を続けた。そして離昇から2分42秒後、スーパー・ヘヴィのエンジンが3基を除いてすべて停止し、それと同時に、スターシップ宇宙船に装備されている6基のエンジンが点火し、ホット・ステージ分離を行った。
分離後、スーパー・ヘヴィは機体を反転させるフリップ機動を行い、燃焼を続けていた3基のエンジンに加え10基のエンジンに再着火し、反対方向に飛行するブーストバック燃焼を行った。なお、本来は発射台に舞い戻ることになるが、今回は試験のため、メキシコ湾上に設定された着水場所に向けて飛行した。
ブーストバック燃焼の終了後、スーパー・ヘヴィは慣性飛行を経て、着陸するためエンジンに着火した。しかし、着陸する直前の高度約462mで、機体は爆発――スペースXの用語で言うところの「急速な予定外の分解(rapid unscheduled disassembly)」し、着陸までは果たせなかった。
一方、スターシップ宇宙船は分離後、順調に飛行を続け、離昇から約8分35秒後にエンジンの燃焼を完了し、高度150km、速度2万6500kmに達した。今回は試験のため、地球を回る軌道には入らず、軌道速度の一歩手前にあたるサブオービタルで飛行したものの、エンジンをもうしばらく燃焼させていれば軌道に入っていた。
スターシップ宇宙船はその後、惰性飛行中に、ペイロード・ドアの開閉や、推進薬の移送技術の実証など、飛行試験における追加目的のいくつかを実施した。
ただ、そのうちのひとつとして予定されていた宇宙空間でのラプターの再着火については、慣性飛行中の機体のロール軸回り回転速度(ロール・レート)が大きかったことから中止したとしている。実際に、飛行中のスターシップ宇宙船の映像からも、機体が不自然な回転をしていることが見て取れた。おそらく姿勢制御に問題があったためとみられる。
スターシップ宇宙船はサブオービタルで飛行したため、機体は地球を半周するような弾道経路で飛行し、やがて地球に引き寄せられ、降下していった。そして計画どおり、インド洋上で大気圏へ再突入し、機体は極超音速で空力加熱を受け、プラズマでオレンジ色に輝いた。再突入の模様は、船外に取り付けられたカメラで撮影され、スペースXが運用する衛星通信システム「スターリンク」とNASAが運用するデータ中継衛星「TDRS」を使い、リアルタイムで放送された。
しかし、前述のようにおそらく姿勢制御に問題があったためか、再突入中に機体は破壊され、着水までは至らなかった。スターシップ宇宙船からのテレメトリー信号が途絶えたのは、離昇から約49分後だった。
月、火星に向け一歩前進
IFT-3において、スターシップ宇宙船がエンジンの燃焼終了まで順調に飛行し、宇宙空間に達したことは大きな成果となった。また、前回に引き続きスーパー・ヘヴィのラプターがすべて正常に燃焼したこと、発射台に大きな損傷がなかったことも、これらの改良、改善が功を奏しており、そして技術が成熟しつつあることを示している。新たに試みられた、推進薬装填のスピードアップの実証も成功したようである。
一方、スーパー・ヘヴィは着陸に失敗し、今後の課題として残った。もっとも、ロケットを着陸させるための技術は、すでにファルコン9で確立されており、スーパー・ヘヴィは機体がより大きいため安定しやすいこともあり、改修は比較的難しくはないだろう。
また、スターシップ宇宙船の軌道上での姿勢制御の問題と、エンジンの再着火、そして再突入の失敗も課題として残った。
姿勢制御の問題については、推進薬の漏れや姿勢制御用スラスターの故障などが考えられるが、いずれにせよ原因さえわかれば、対策は難しくないだろう。
エンジンの再着火が行えなかったこと、再突入が失敗したことについては、姿勢制御の不調が原因のひとつだった可能性が高い。したがって、姿勢制御の問題が解決すれば、おのずとこれらの問題も改善がみられるだろう。
しかし、飛行中のスターシップ宇宙船から耐熱タイルが多数はがれる様子が確認されており、たとえ正常な姿勢で再突入していたとしても、熱に耐えられなかった可能性がある。スペースXは耐熱タイルの問題についてあまり多くを語っておらず、数枚でも剥がれると再突入に支障があるのか、数枚程度なら問題ないのかなどはわからない。ただ、IFT-2よりは剥がれる数は少なくなっているように見え、改善が図られていることがうかがえる。
また、慣性飛行中に行われたペイロード・ドアの開閉についても、故障が発生したことがわかっている。推進剤の移送試験についても、不十分な結果だったことが明らかになっている。
まとめると、今回のIFT-3によって、スターシップの開発はさらに進歩を遂げ、完成に向け大きな前進となったことは間違いない。とくに、少なくとも軌道には到達できることが示されたことは大きい。
一方で、機体の完全再使用による打ち上げの低コスト化や高頻度化、人を乗せての有人飛行やアルテミス計画での使用に向けては、まだ課題が多く残っている。
もっとも、スペースXは今回の試験について、「この飛行で私たちが達成したことは、スターシップを素早く開発し続けるための貴重なデータを提供するでしょう」と、前向きなコメントを発表している。
スペースXは、ロケットなどの開発において、「Rapid Iteration」と呼ばれる、短い間隔で反復しながら行う開発サイクルを採用している。これはソフトウェアにおけるアジャイル開発と同じような手法であり、最初から完璧な完成品は目指さず、可能なところから造っていき、不完全な状態でも実際に動かし、設計変更や改良を繰り返していくというものである。つまり、現在はまだバージョン0.5か0.75あたりの完成度で打ち上げているため、ペイロード・ベイがうまく開かなかったり、耐熱タイルが剥がれたり、再突入に失敗するのは、ある意味では当然であり、バージョン1.0にするためのテストラン、デバッグなのだという位置づけである。
実際、スペースXはすでに次の飛行試験に向け、機体の準備を進めている。過去の飛行試験のときと同じように、今回の試験後も米国連邦航空局(FAA)が事故調査を行っており、調査が完了し、許可が出なければ打ち上げることはできないものの、これまでの流れを考えると、数か月のうちには終わるものとみられる。
スペースXはまた、近いうちに打ち上げの頻度を高めることも計画している。そのうち毎月のように飛ぶようになり、そのたびに改良を重ね、やがてそれが毎週のことになり、いつしかスターシップが運用段階に入り、そして毎日飛ぶようになるかもしれない。スペースXが目指しているのは、そんな未来なのである。
参考文献
・Starship's Third Flight Test
・SpaceX - Starship
・SpaceX(@SpaceX)さん / X