2度目の試験飛行「IFT-2」
スペースXはスターシップの2度目の飛行試験(IFT-2)に向けて、多くの改良を施した。その中で、最も大きな点が2つある。
ひとつはスーパー・ヘヴィとスターシップ宇宙船の分離方法である。多くのロケットの分離では、ピストンなどで押し出すような分離機構が使われているが、IFT-1では分離直前に機体に少しスピンを与えたうえで、両者を結合している器具を外すのみという、きわめて簡素な仕組みを使っていた。これにより、巨大なロケットでもシンプルな仕組みで分離できるため、コスト低減や運用性の向上といったメリットがあるとしていた。
しかし、IFT-1ではうまく分離できなかったことなどから、今回のIFT-2では「ホット・ステージング(Hot Staging)」という仕組みに変わった。これは、スーパー・ヘヴィのエンジンの燃焼が終了する直前――つまりまだ燃焼中に、スターシップ宇宙船のエンジンに点火し、その噴射の勢いで分離するというものである。分離部に新たにガスを逃したり受け止めたりするための構造物が必要にはなるものの、ピストンなどの分離機構を組み込むよりはシンプルかつ軽量である。また、1段目がまだ燃焼中に、間髪を入れず2段目に点火して飛んでいくことで、速度の損失も小さくできる。
こうしたホット・ステージング、あるいはファイヤー・イン・ザ・ホールと呼ばれる分離方法は、ロシアや日本のロケットでも採用例があり、もちろん機体の規模の違いはあるが、実績のある方法でもある。
もうひとつの大きな変更点が発射台である。IFT-1では、33基のラプター・エンジンが吐き出す莫大な燃焼ガスの衝撃波に耐えられず、発射台やその周辺の地面を吹き飛ばし、発射台の基礎部分が見えるほど大きくえぐれてしまった。
そこで新たに、噴射ガスを受け止めて外へ逃がすフレーム・ディフレクターに大量の水を撒くことで衝撃波を緩和する仕組みが取り入れられたほか、発射台もより強固に補強された。また、散水システムが周辺の自然に影響を与える懸念から、新たに環境影響評価も行われた。
スターシップIFT-2は日本時間2023年11月18日22時02分(米中部標準時同日7時2分)、スターベースの発射台から離昇した。スーパー・ヘヴィの33基のエンジンはすべて正常に燃焼を開始し、発射塔をスムーズに抜け、大空へ舞い上がっていった。
IFT-2の飛行経路はIFT-1と同じく、地球を回る軌道に乗るか乗らないかというぎりぎりの速度で飛行し、地球をほぼ一周したのち、ハワイ沖の太平洋に着水する計画だった。
離昇後もエンジンはひとつも止まることなく、やがて計画どおり燃焼終了を迎えた。33基のエンジンは徐々に停止していき、そして最も内側にある3基のエンジンが噴射を続けた状態で、スターシップ宇宙船のエンジンが点火し、“ホット・ステージング”を実施した。噴射ガスで機体がヴェールをまとったようになったあと、スーパー・ヘヴィと分離し、飛行を続けていった。
スーパー・ヘヴィは、スターシップ宇宙船が離れていくのと同時に、機体を反転させ、飛び立った発射台に戻るように飛行を始めた(もっとも、今回は飛行試験のため、実際は発射台までは戻らず、その手前のメキシコ湾上に着水することになっていた)。計画では、13基のエンジンを再着火することになっていたが、実際にはいくつかが着火しなかったり、着火してもすぐ止まったりし、確認できる範囲では6基のみ正常に燃焼していた。そして最終的には、なんらかの問題により機体は爆発――スペースXの用語では「予定外の急速な分解(rapid unscheduled disassembly)」し、機体は失われた。
一方のスターシップ宇宙船は、分離後もおおむね正常に飛行を続け、高度約150km、時速約2万4000kmに達し、宇宙空間に到達した。しかし、エンジンの燃焼終了の直前、機体からのテレメトリー(機体の状態を示す信号)が失われた。スペースXによると、なんらかの問題が起きたことで、自律飛行中断システムが働き、破壊されたとしている。
一方、発射台については、打ち上げ後の声明で「水冷式のフレーム・ディフレクターとその他の発射台の改良は期待どおりに機能し、今後の機体の試験や、次の飛行試験に向けた打ち上げ後の作業は最小限で済みました」としている。
そして「今回のような試験を通じて私たちが学ぶことで、成功がもたらされます。そして、スペースXが生命の多惑星化を目指すなか、スターシップの信頼性を向上させるのにも役立ちます。次の飛行に向けた改善を模索するため、データの評価を進めています」と述べている。
3度目の飛行試験と、“来年は100回の飛行”へ
今回の飛行試験は、最終的にスーパー・ヘヴィもスターシップ宇宙船も爆発し失われたものの、前回の試験と比べて大きな進歩がみられた。上昇中にエンジンは止まらず、機体の分離にも成功し、そして宇宙空間に到達し、発射台もおおむね無事だった。
スターシップという前代未聞の宇宙輸送システムの完成に向け、大きな一歩となったことは間違いない。
しかし、その完成までの道のりはまだ長く、そしてより高いハードルも待ち受けている。
まず、スーパー・ヘヴィもスターシップ宇宙船も、再使用することが運用上の前提となっているが、まだ打ち上げ後に着陸して帰還できることを実証できていない。
また、スターシップ宇宙船は宇宙空間から大気圏に再突入することが求められるが、その技術をたしかめるには実際に宇宙から再突入させるほかない。前回と今回の試験はまさにそれが大きな目的のひとつになっていたが、いずれも再突入に達する前に機体が失われたことで未知数なままである。
さらに、前回と今回の打ち上げともに、上昇中のスターシップ宇宙船から耐熱タイルが落下する様子が確認されている。これについてスペースXもマスク氏もとくにコメントはしていないが、耐熱タイルの耐久性や取り付け方法などに解決すべき課題が残っている可能性がある。
また、スターシップを有人宇宙船として運用するための生命維持システムの実証や安全性の検証も残っている。
さらに、スターシップを月や火星へ飛ばす際には、地球の軌道上で推進剤を満載したタンカー型のスターシップとドッキングし、推進剤の補給を受ける必要がある。そのためのドッキング技術や、軌道上での推進剤の移送(いわゆる空中給油)の技術の実証も必要になる。また、推進剤が空になったスターシップをふたたび満タンにするには、10機程度のタンカー型スターシップを打ち上げて補給させる必要がある。それも、極低温の推進剤は時間が経つにつれてガスになってしまうため、なるべく短期間のうちに矢継ぎ早に打ち上げ、補給する必要もある。
また、今回の飛行試験においても、外野にはわからない形で、新たな問題が発生していた可能性も否定できない。
マスク氏はかねてより、「2026年か、早ければ2024年には人類初の有人火星着陸を行いたい」と語ってきた。マスク氏による、こうした今後の見通しやスケジュールに関する発言は「イーロン時間」などと呼ばれ、良く言えばリップ・サービス、悪く言えば真に受けてはいけないものとされているが、なにはともあれ2024年はもう間に合いそうになく、2026年という目標も難しいだろう。
それとは別に、スターシップは米国航空宇宙局(NASA)が主導する国際有人月探査計画「アルテミス」の月着陸船として使われることが決まっており、その最初のミッションは早ければ2025年にも予定されている。さらに2024年には、日本のスカパーJSATなどの商業衛星の打ち上げも行われる予定となっている。これらはイーロン時間のような冗談話で済まされるものではなく、国際的な取り決めや契約で決められているものであり、基本的に遅れは許されない、あるいは遅れるとそれ相応のペナルティが発生するものでもある。
一方、明るい側面としては、開発のスピード感が挙げられる。前述のようにスペースXは、開発中のロケットを、未完成の状態でも何度も飛ばして試験し、改良を重ねることで完成度をだんだんと高めていくという開発方法を採用しており、それが同社の特徴であり、アイデンティティにもなっている。スターシップの開発においても、史上最大のロケットでありながら、今年4月の初飛行からわずか7か月で2度目の飛行にこぎつけている。
また、スペースXのグウィン・ショットウェル社長は今年2月、「2024年には、スターシップは100回の飛行ができるようになるでしょう。それが難しくとも、2025年には可能になるでしょう」という見通しを語っており、これから開発、試験、改良のサイクルのペースをさらに高めることを示唆している。
それを裏付けるかのように、同社は「スターベースのチームは、すでにスターシップの3度目の飛行試験で使用する予定の機体の最終準備作業に取り組んでいます」とし、早くも12月21日には、3度目の飛行試験で使うスターシップ宇宙船の燃焼試験を実施している。
「来年のことを言えば鬼が笑う」と言うことわざがあるが、はたして来年、その鬼を黙らせるほどのマスク氏の笑いが、この天地に轟くことになるのだろうか。
参考文献
・- SpaceX - Launches
・SpaceX - Starship
・SpaceX(@SpaceX)さん / X