回収カプセルの帰還
約64億kmにも及ぶ地球とベンヌとの往復航行をこなしたのち、オサイリス・レックスは2023年9月24日19時42分、サンプル回収カプセルを地球に向けて放出した。このとき、探査機は地球から約10万2000km、つまり地球から月までの距離の約3分の1に位置していた。
時速約4万4500kmで地球へ向けて突っ込んできたカプセルは、23時42分、カリフォルニア沖の高度約133kmに到達し、大気圏に再突入した。そしてパラシュートを開き、時速18kmまで減速したのち、23時52分に、ユタ州にあるユタ試験・訓練場の敷地内に無事に着陸した。
その後、カプセルはヘリコプターで、訓練場内の格納庫に設置された仮設のクリーンルームに運ばれ、窒素パージ(窒素を連続して流す作業)を受けた。窒素は、ほとんどの化学物質と反応しない気体であり、カプセル内のサンプル容器に窒素を連続的に流すことで、地球上の汚染物質を排除し、サンプルを純粋な状態に保つことができる。
25日には、飛行機でヒューストンのNASAジョンソン宇宙センターに輸送された。これから、キュレーション(収集した資料を学術的専門知識を使って鑑定・研究・管理する作業)を行う科学者たちが、カプセルと中の容器を分解し、サンプルを取り出して計量し、岩石や塵の目録を作成したのち、ベンヌのかけらの分析を行う。また、一部は世界中の科学者たちに配布されることになっている。
ちなみに、2020年12月には日本の「はやぶさ2」のカプセルが地球に帰還し、リュウグウのサンプルが手に入ったが、NASAと宇宙航空研究開発機構(JAXA)ではそれぞれの探査機が持ち帰る小惑星のサンプルの一部を、お互いに提供し合う協定を結んでおり、2つの小惑星のサンプルを比較することで、さらに多くのことがわかると期待されている。
NASAのビル・ネルソン長官は「オサイリス・レックスは、米国初の小惑星サンプル・リターンにおいて、絵に描いたような完璧な成功を収めました。ベンヌは潜在的に地球に衝突する危険性があり、サンプルを調べることで、こうした小惑星についてより良く理解するのに役立つでしょう」とコメントした。
「オサイリス・レックスだけでなく、数週間後には大部分が金属でできた小惑星を探査する『プシケ』の打ち上げが予定されており、また小惑星に体当りして軌道を変えることを目指した『DART』ミッションの成功から1周年、そして11月には木製トロヤ群小惑星を目指す探査機『ルーシー』が最初の小惑星に接近するなど、“小惑星の秋”が訪れています。これらのミッションは、NASAが大きなことをやっていることを証明しています。このことは、私たちを鼓舞し、団結させ、そして私たちが力を合わせれば、手の届かないものはないということを示しているのです」。
オサイリス・レックスの研究主宰者(principal investigator)を務める、アリゾナ大学ツーソン校のダンテ・ローレッタ氏は、「今日は、オサイリス・レックスのチームだけでなく、科学全体にとっても特別な出来事となりました。ベンヌからのサンプルを地球に届けることに成功できたのは、協力・創意工夫の勝利であり、共通の目的を持って団結したときにどんな素晴らしいことが成し遂げられるのかということの表れでもあります」と語った。
「ですが、これは終わりではなく、新たな章の始まりに過ぎません。私たちはいま、これらのサンプルを分析し、太陽系の秘密をさらに深く掘り下げる前例のない機会を手にしているのです」。
探査機は名を変え地球をあとに
一方、オサイリス・レックスの探査機本体は、カプセル分離直後にエンジンを噴射して、地球を通り過ぎ、そして別の小惑星「アポフィス」に向かう軌道に乗った。
NASAではもともと、オサイリス・レックスの状態が正常だったことから、カプセル分離後に別の小惑星を探査する延長ミッションを検討していた。そして、探査機の余力などから探査できる天体を調べ、アポフィスが選ばれた。
この延長ミッションのため、オサイリス・レックスは「オサイリス・エーペックス(OSIRIS-APEX)」と名前を変えた。OSIRISは同じで、APEXはAPophis Explorer(アポフィス探査機)の略となっている。
オサイリス・エーペックスが新たに向かうアポフィスは、2004年に発見された小惑星で、ベンヌと同じような地球近傍小惑星のひとつであり、そして将来的に地球に衝突する危険性があるとされる小惑星でもある。発見された当時は、2029年に地球に衝突すると考えられていたが、その後の研究で、地球の近くをかすめるものの衝突する可能性は否定された。その後、2036年にも衝突する可能性があるとされたが、これも否定された。現在の研究では、少なくとも今後100年間は衝突する危険性はないとされている。
それでも、潜在的に危険な小惑星であることには変わりなく、運用チームは「今日明日に地球に衝突するわけではありませんが、非常に接近することは間違いなく、それこそがアポフィスを非常に素晴らしい研究対象にしている理由です」としている。
探査機には2つ目のカプセルはなく、サンプル・リターンはできないが、アポフィスにゆっくりと接近して、1年以上にわたって付かず離れず、ランデヴーしながら観測できる軌道を飛ぶ。観測ができるほど接近するのは2029年4月8日の予定で、4月21日には完全にランデヴーし、その後も18か月間、アポフィスの近くにとどまり続けて探査を行う。ちなみに4月13日には、アポフィスは地球から約3万2000km以内(静止軌道よりも内側)に接近することから、地球からの同時観測も行われる。
この地球への最接近というタイミングで長期間のランデヴー探査を行うことで、地球の重力が、アポフィスの軌道や、自転速度や表面に、どのような影響を及ぼすかを調べることができると期待されている。また、スラスターを使ってアポフィスの表面を吹き飛ばし、地下にある物質を露出させ、分光観測を行うことも計画されている。
オサイリス・エーペックスの研究主宰者を務める、アリゾナ大学のDani DellaGiustina氏は「アポフィスは“悪名高き”小惑星です。地球を守るためになにが必要なのかを調べるミッションにとって、完璧な目標です」と語る。
「アポフィスのランデヴー探査によって得られる知識は、潜在的に危険な小惑星の科学的な理解と、こうした太陽系を放浪する天体との衝突から地球を守る方法を提供するでしょう」。
貴重なサンプルを無事に送り届け、新たな目標へ向けて舵を切ったオサイリス・エーペックス。太陽系と生命の歴史を紐解くとともに、未来の地球をも守ろうとするその姿は、ある意味ではタイムマシンといえるのかもしれない。
参考文献
・NASA’s First Asteroid Sample Has Landed, Now Secure in Clean Room - NASA
・Bennu sample delivery marks the start of extended OSIRIS-APEX mission | University of Arizona News
・OSIRIS-REx - NASA Science
・Bennu - NASA Science
・Apophis - NASA Science