さらに、孤立アリの壁際滞在時間と巣内滞在時間の比を算出し、遺伝子発現変化との相関関係を網羅的に解析した結果、孤立アリの中でも壁際滞在時間が長い個体ほど、酸化ストレス応答に関わる遺伝子群の発現変化が大きいという高い相関関係が明らかになった。具体的には、活性酸素種を産生する酵素のDual Oxidase(Duox)の発現量が、グループアリに比べて孤立アリで優位に高く、また壁際に長く滞在する個体ほど発現量が高かったとする。
加えて孤立アリでは、哺乳動物の肝臓や脂肪組織に匹敵する脂肪体とエノサイト細胞において活性酸素種が多く産生され高い酸化ストレスが検出される一方、脳を含む頭部や消化組織では、活性酸素種の産生量に変化は見られなかったとのこと。脂肪体とエノサイト細胞では、活性酸素種の産生に加えて、酸化ストレス応答の指標とされる脂質過酸化物や、ネクローシスと呼ばれる細胞死が増加していた。
また、脂肪体とエノサイト細胞における活性酸素種の産生量は、孤立アリの壁際滞在時間と有意な相関関係を持つ一方で、移動距離や移動速度とは相関関係を示さなかったという。ちなみにグループアリでは、活性酸素種の産生量がいずれの行動指標とも相関関係を示さなかったことから、孤立アリにおける活性酸素種の産生は孤立環境における行動量増加による結果ではなく、孤立アリの中でも壁際滞在時間が長い行動パターンの変化を示す個体ほど、脂肪体とエノサイト細胞における高い酸化ストレス応答が起こっていることを示したとする。
続いて研究チームは、酸化ストレスを緩和するとして知られる薬剤(抗酸化剤)のメラトニンを孤立アリに投与したとのこと。すると個体時の寿命短縮が緩和されたという。一方でグループアリの場合にはメラトニンを投与しても寿命は変化せず、その他の抗酸化剤を使用した際にも同様の効果が確認された。そして、孤立アリの酸化ストレスに対するメラトニン投与の効果を評価したところ、孤立アリの脂肪体やエノサイト細胞における活性酸素種の産生量が低下することが確認された。さらに孤立アリの壁際に長く滞在する性質についても効果を検証したところ、メラトニンを投与した孤立アリの壁際滞在時間は投与無しの孤立アリに比べて低下し、また投与無しのグループアリと同程度まで回復することを確認したという。
研究チームはこれらの結果から、孤立アリにおいて、脂肪体やエノサイト細胞における酸化ストレスが社会的孤立環境における労働アリの寿命短縮や行動変化の一員であることが明らかになったとする。これまでショウジョウバエやげっ歯類においては、酸化ストレスが行動様式の変化と関わることが報告されており、孤立環境にあるげっ歯類で酸化ストレスが増加することも確認済みである。このことから、酸化ストレスは異なる生物種でも孤立環境にある行動や寿命の変化を引き起こす要因である可能性が示唆された。
研究チームは今後、脂肪体やエノサイト細胞における酸化ストレス応答と行動変化の関係性の解明に取り組むとし、生物種を越えた孤立環境ストレスを引き起こす仕組みの解明が、ヒトを含む他の生物においても社会環境ストレスの緩和や寿命の延伸につながることが期待されるとしている。