他手法との比較で見えた意外な発見とは
SNAP解析、GEE解析、地理院浸水推定図を重ね合わせていくと、意外な結果も見つかった。浸水を過大に見つける傾向のある(偽陽性に傾きやすい)SARデータでは珍しく、浸水を見つけられなかった偽陰性のエリアが存在したのだ。
村上市の小岩内集落は、大規模な土石流が発生し大きな被害を受けた。地理院の浸水推定図では、8月4日午前10時ごろの観測で、小岩内集落と荒川との間の水田に浸水が推定されるエリアが含まれている。しかしSentinel-1データを元にした解析では、このエリアは浸水したとは判定されていない。村上市の市報『8月3日豪雨の爪あと―村上市』では、翌8月5日に撮影された航空写真でもこのエリアに濡れた泥が広がっているように見える。一方で、解析前のSentinel-1画像ではわずかに水面のように黒く見えている部分があるが、水面だったとしても狭いため、解析が難しい場所だった。このことから、依然として偽陽性・偽陰性の誤判定は課題であることがわかる。
2つの解析手法の違い
解析・判読・比較のサイクルを繰り返すことが重要
2回にわたり、SAR衛星データを使った浸水被害の抽出を解説した。公開されている教材を使った手法を、衛星データ利用の専門家はどう見ているのか。リモート・センシング技術センター(RESTEC)の古田竜一さんに講評とアドバイスをいただいた。
Sentinel-1で浸水域が見えているのかという点については、「おおよそ正しい結果だと思います。私もGEEで同じ場所を解析してみていますが、おおむね一致していて、結果としては妥当でしょう」と、基本的な方向性では評価されている。一方で、建物の混み合った市街地のように、原理的にSARでは浸水が判断しにくいエリアについては、専門家ならではの判断基準があった。
「坂町駅の周辺のエリアは、実はSentinel-1だけでなく、日本のALOS-2でも浸水域は判断できていないですね。海外の場合はある程度は諦めていて『レーダーでは都市部は判断できません。けれども浸水している可能性があります』といったように注釈を加えて情報化している場合もあります。
私たちは、変化を抽出した後にさらに目で見て、浸水しているかどうか判別するわけですが、エリアによって、周囲を浸水に取り囲まれている場合には“浸水の可能性あり”と考えることもあります。あとは、過去の情報で浸水しやすい場所を判断できるかもしれません。画像に三日月型の浸水が疑われるエリアがありますが、これはもともと川が蛇行していた、旧河道なんです。こういうところはそもそも水が出やすいですから、家屋も少し高くなっていたりしますね。」
古田さんは続けて「SNSやメディアの情報なども使ってプロットしていって、『ここは浸水しているという投稿がある』とエビデンスがあれば判断できます」と話しており、SARの弱点は認識しつつも、人間の目による総合的な情報を加えて判断していくということがわかった。この経験は一朝一夕につめるものではないが、解析と判読、信頼できるデータとの比較のサイクルを回していってこそ得られるものだろう。
また、「山になっているところ、植生にはマスクをもっと利用したほうがよいと思います」といい、GEEに組み込まれているような、浸水域とは考えにくい場所はマスクを使って除外する手法を使えるようになると、解析結果の精度が上がるとのこと。
Sentinel-1のデータは12日に1回の頻度であるため、大雨のように大きな被害をもたらす場合には、気が急いて“当日のデータでなければ意味がない”と思いがちだ。しかしその点について「少し時間が経っても、まだここの地域は浸水しているのか、といった観点もあるかと思います。観測時間の遅れは必ずしもネガティブなものではなくて、ある時期の状態を把握できるわけですから、そういった利用の仕方はあると思いますね」と話した。