続く、実証実験の成果報告では、水産業を取り巻く社会的な課題として、温暖化に伴う高水温化などの環境変動や世界的な魚介類に対する需要増加などのさまざまな要因によって、生産拡大余地のある漁場資源の割合は2017年時点で6%程度に過ぎず、水産資源の枯渇が危ぶまれている現状が指摘された。
日本においても、食用魚介類の自給率は、1964年(昭和39年)の113%をピークに、年々減少傾向にあり、2021年(令和3年)は59%と、魚介類も輸入に頼る時代になってきている。環境変動に加えて、少子高齢化や漁業従事者の担い手不足も、この問題の背景になっているという。
こうした背景から、魚を安定的に確保、供給するためには養殖は必須だ。中でも、陸上養殖が注目を集めているが、今回のプロジェクトは、かけ流し式ではなく、一度水を入れたら、水を入れ替えることなく、ろ過し続けて飼育を行う“完全閉鎖循環式”である点が大きな特徴となっている。
完全閉鎖循環式の陸上養殖は、いったん水を確保できれば、場所を選ばずに養殖可能であり、今回の実証においても、海がない福島県福島市で海の魚の養殖を行っているところが大きなポイントとなっている。さらに、ろ過機能によって、無換水での水質維持を実現。環境汚染や赤潮などの影響もなく、アニサキスなどの寄生虫や病気の影響も少ないため、安全・安心な魚を生産し、供給することができるという。
いちい、岡山理科大学、NTT東日本の三者による実証プロジェクトは、2022年1月にスタート。陸上養殖のビジネス化を目指すため、いちいが敷地内にてベニザケを生産し、試験販売、流通、加工、販売に関するデータを収集。
岡山理科大学は好適環境水の提供および好適環境水を使った環境でのプラントの構築や、飼育技術やノウハウの提供を行っている。NTT東日本は、陸上養殖のプラントとICTを組み合わせた設備を提供し、遠隔指導やデータをベースとして判断する養殖技術を確立し、最終的には養殖ノウハウの形式知化、つまり生産レシピの作成を目指す。
完全閉鎖循環式の陸上養殖と、ビジネスベースでは世界初となるベニザケの養殖化を目指す同プロジェクト。ICT活用によるスマート陸上養殖として、福島県福島市のプラントの様子をカメラやセンサーから取得し、データを岡山理科大学、それからNTT東日本の東京とも結び、専門家による遠隔指導を、チャットやテレビ会議を通して実施する仕組みが構築されている。
今回の実証試験の結果、およそ1年半の育成期間で、ベニザケの体長は5~60cm、体重は1.2~1.3kgまで成長。稚魚から出荷できるサイズまで成長するために、通常は4~5年かかるが、それを1年半で成し遂げたのは、まさに好適環境水と完全閉鎖循環式の陸上養殖のシステムの成果だという。
今後は陸上養殖のシステム構築にとどまらず地域課題に合わせた新しい産業を創出し、地域活性化につなげつなげていく。
同プロジェクトでは、いちい本社の約250平米の敷地に、岡山理科大学がこれまで培ってきた完全閉鎖循環式の陸上養殖技術を搭載した養殖プラントを設置。飼育槽は約22トンで、1000尾のベニザケを稚魚として投入し、およそ1年半の期間をかけて育成された。
養殖プラントでは、ベニザケの糞や、そこから出てくるアンモニアなどをろ過槽でろ過するだけでなく、ベニザケに最適な14度という水温を維持するチラーを経て、水槽内の水を循環。蒸発分の追加はあるものの、基本的には無換水で循環を続けるプラントとなっている。
さらに、飼育水槽には、プラントの運営の効率化や遠隔での指導を実現するための各種装置、技術を導入。魚の育成に最も重要な水質については、主要項目をセンサーで自動的に取得し、データは常時、クラウド上にアップデートされる。
また、プラントの設備や魚の状態は、ネットワークカメラによって24時間、365日、関係者のスマートフォンなどのユーザーインタフェースによって、遠隔でも操作可能な仕組みが導入されている。
ベニザケの飼育は非常に困難だが、ベニザケ飼育の経験がない飼育員でも、岡山理科大学が持つ過去のノウハウを、遠隔指導を通して吸収しながら、しっかり育成できたことも今回のプロジェクトの大きな成果となっている。
将来的には、多拠点での遠隔指導を実現することによって、今後課題となってくる指導員の不足の解消や、経験の少ない飼育員の養成を実現することで、陸上養殖産業の大きな発展につなげていきたいという展望が語られた。
今後は、福島県伊達郡の川俣町と地域協定を締結。地域アセットの活用として、廃校になった小学校を利用した事業拡大を目指していくという。さらに、7月21日から3日間、ICHII'S ロシナンテ MARKET 福島西店にて、今回生産されたベニザケの試験販売が実施されるにあたり、記者会見の会場ではベニザケの試食も行われた。
今回の実証実験の成果を踏まえて、陸上養殖の事業化、さらには陸上養殖を通じた地域の新産業の創出や地域の活性化に寄与していくとして、会見は締めくくられた。