しかし、このアイデアには致命的な問題があったという。測定したい原子の3p軌道はすべて埋まっていて、そこに1s電子を励起することが原理的に許されなかったのである。それを回避するため、X線の非線形な(出力が入力に比例しない)吸収過程を利用することにしたという。あらかじめ1つ目のX線光子で3p電子を励起して、3p軌道にホールを作っておき、その瞬間であれば、2つ目のX線光子を吸収させて1s電子を3p軌道に励起でき、最後に1s軌道のホールを埋める時にKα発光が起きるということだ。この2光子吸収過程と合わせて、全体として「非線形共鳴非弾性X線散乱」と呼ぶべき新しい非線形光学過程になるとする。
ところが、問題はそれだけで終わらなかった。このような2光子吸収の実現には、3p軌道のホールが存在できるフェムト秒以下という極めて短い時間内に、しかも同じ原子に2つ目のX線光子を当てる必要があったのである。そのために、高強度のX線を生成可能なSACLAのXFELが利用された。こうして銅の蛍光X線スペクトルについて、通常の発光光子エネルギー情報(今の場合Kα線に対応)に励起光子エネルギー情報(Kβ線に対応)を付加して、2次元に拡張することに成功したのである。
そして、この2次元蛍光X線スペクトル上では、銅の3d軌道の電子状態を反映したKα線とKβ線の両方の特徴が複雑に絡み合っていることが判明。解析の結果、6つのスペクトル成分に分離できることがわかった。このうち、共鳴非弾性X線散乱に特有の成分を除いた5つの成分は、研究チームが採用した配位子場理論で予測されるものとよく一致したという。なお、通常のKβ線のスペクトルでは、これら5つの成分を予備知識なしに分離することは不可能だとする。こうして、非線形共鳴非弾性X線散乱による蛍光X線スペクトルの2次元化が有効であることが示されたのである。
研究チームは、今回の研究で測定可能になった2次元の蛍光X線スペクトルにより、1次元のKβスペクトルでは判別できなかった微細な変化も読み取れるようになり、原子の電子状態の正確な理解に役立つことが期待できるとしている。