浸水域はどこまで正確に出力できているか。GISソフトで検証する
水域のデータをフリーのGISソフト「QGIS」に重ねてみよう。QGISを起動して新しいプロジェクトを開き、背景地図に国土地理院が配布する地理院地図(標準)を選択して、出力した水域のKMZファイルをドラッグ&ドロップする。地図と重ねた上で透明度を調節してみると、元の川筋からどの程度水が広がっているのか、浸水したと思われる場所は何があった場所なのかということが見えてくる。
SARデータでは、都市部のように原理的に観測が難しい場所があり、簡易解析で使われる二値化の手法は万能ではない。観測データの範囲にどのような場所が含まれるかによってヒストグラムがまったく変わってくることがよく起こり、結果もかなり変わる。実際には浸水しているのにそうではないと判定されたり(偽陰性)、逆に浸水域を過大に抽出してしまったり(偽陽性)という事象も珍しくない。そのため、信頼できる観測データと比較してみることで、人間の目で検証していくことが重要だ。
大雨の際には、公共の浸水推定データが公開されることがある。国土地理院は「令和4年(2022年)8月3日からの大雨に関する情報」で村上市のヘリコプター観測画像から作成した浸水推定図を公表している。Sentinel-1観測と同じ8月4日の午前10時ごろの画像から作られており、Sentinel-1のデータとは4時間程度の違いで比較に適している。条件の良い比較対象はまだ多くないので重ね合わせてチェックしてみることが重要だ。「浸水推定図の浸水範囲の輪郭線(GeoJSON)(ZIP形式:55KB)」をダウンロード、解凍してQGISの上にドラッグ&ドロップしてみよう。
比較してすぐ目につくのは、線路沿い(羽越本線の坂町駅付近)は地理院データでは広く浸水しているにもかかわらず、衛星データではほとんど浸水域が見当たらないことだろう。駅前は都市域のため、地面が舗装されていて建物も多く、衛星の電波が複雑に反射してしまうため誤検知(偽陰性)が発生しやすい。これこそがSARデータだけでは克服できない大きな弱点だ。都市部については、SNSのデータのように地域の人々が報告したデータを利用する、地形情報を利用して周囲の浸水している低い土地と繋がっている場合は類推する、などといった衛星画像以外のデータとの組み合わせが必要になる。
一方でSentinel-1データには、地理院の推定図にはない水域と見られる部分が多い。ベースとなっている地理院地図、または大雨直前の光学衛星画像と重ねてみると、そうした多くの場所が青々とした水田だ。夏季の水田は水を湛えていることが多く、そもそも水面と認識されやすい。浸水範囲を過大に見積もった偽陽性の可能性があることを認識しておくべきだろう。ただし水田であっても、Sentinel-1データ・地理院データともに浸水域とした場所もある。もともと標高の低い土地である水田に水が流れ込んでいた可能性もあり、周囲の道路と浸水推定エリアが交差している場合は通行が妨げられていたことも疑われるのである。
ここまで、SAR衛星であるSentinel-1の観測データを使って、大雨後の浸水被害エリアを解析する手法を紹介した。手間暇をかけて大容量データをダウンロード・解析しても、必ずしも検証データと一致しないこともある。なかなか万能とはいかないものだが、ここで重要なのは、多くの人が衛星データを使って安全に大雨後の影響を調査できるという点だ。さらに、データを重ね合わせ、対象となる土地をよく知る人が見れば、情報が積み重なることで役に立つものになっていく。まずは無償のデータを使い、最初の一歩を踏み出してみることができるのである。