東京工業大学(東工大)、高エネルギー加速器研究機構(KEK)、東京大学(東大)、J-PARCセンターの4者は7月7日、25℃において32mScm-1という世界最高レベルの伝導率を発揮する新たな固体電解質の超リチウム(Li)イオン伝導体を開発し、それを応用することで、従来は不可能だった1mm膜厚の正極を開発して、全固体電池の性能を飛躍的に向上させることに成功したと共同で発表した。

同成果は、東工大 科学技術創成研究院 全固体電池研究センターの堀智特任准教授、同・菅野了次特命教授、KEK 物質構造科学研究所の齊藤高志特別准教授、東大 生産技術研究所の溝口照康教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米科学雑誌「Science」に掲載された。

可燃性の有機電解液を用いた現行Liイオン電池(LIB)の課題は、発火の危険性を払拭できないという点だ。そこで広い温度範囲で安全に使用でき、さらに高容量と高出力も達成できる次世代の電池の1つとして、有機電解液を難燃性の固体電解質に置き換えた全固体電池の研究が急ピッチで進められている。これまで全固体電池の研究を進めてきた研究チームは今回、厚膜型の全固体Li金属電池セルを研究レベルで扱えるシンプルなプロセスで開発することを目標にしたという。

その開発の鍵となるのは、有機電解質を超えるイオン伝導率(10mScm-1程度)を持つ材料の開発だ。そこで、研究チームが過去に開発した、27℃で12mScm-1という伝導率の「Li10GeP2S12」(以下「既存材料」)のイオン伝導特性を最大限に引き出すことで、新材料の開発を目指したとする。

今回の研究では、新規イオン伝導体を開発するにあたり、データサイエンスの手法を取り入れると同時に、化学組成の高エントロピー化が着目したとのこと。具体的には、既存材料の結晶構造を維持したまま、組成を高エントロピー化することにより、新材料の「Li9.54[Si0.6Ge0.4]1.74P1.44S11.1Br0.3O0.6」(以下「新材料」)が開発された。この新材料のイオン伝導率は25℃において32mScm-1であり、-50℃から55℃の温度範囲において元の材料の2.3倍~3.8倍のイオン伝導率を示したとしている。

続いて研究チームは、新材料の結晶構造を解明するため、中性子回折データの測定を行った。結果として、新材料が元の材料のLiイオン伝導経路を保持したまま、複雑で不規則性の高い元素分布を有した、狙い通りの結晶であることが確認されたという。

  • (A)従来材料と、新材料のイオン伝導性比較。新材料は低温0℃で、従来材料の室温25℃の特性に相当する伝導率。さらに低温の-30℃以下の温度では、電解液とのイオン伝導性の差が顕著になる。(B)今回発見された新材料の基本組成の物質Li9.54Si1.74P1.44S11.1Br0.3O0.6の結晶構造。構造解析に用いられた中性子回折データは、原子の振動が抑えられ精密な解析に有利な極低温(-269℃)で測定された。黄色の球体は陰イオンの位置で、この場所に酸素、臭素、硫黄がおおよそ等しい割合で存在する、非常に不規則性の高い構造が解明された。一方、狙い通り(従来材料と同様に)、青い球体の配列で示される一次元のLiイオン伝導経路は保たれていた。

    (A)従来材料と、新材料のイオン伝導性比較。新材料は低温0℃で、従来材料の室温25℃の特性に相当する伝導率。さらに低温の-30℃以下の温度では、電解液とのイオン伝導性の差が顕著になる。(B)今回発見された新材料の基本組成の物質Li9.54Si1.74P1.44S11.1Br0.3O0.6の結晶構造。構造解析に用いられた中性子回折データは、原子の振動が抑えられ精密な解析に有利な極低温(-269℃)で測定された。黄色の球体は陰イオンの位置で、この場所に酸素、臭素、硫黄がおおよそ等しい割合で存在する、非常に不規則性の高い構造が解明された。一方、狙い通り(従来材料と同様に)、青い球体の配列で示される一次元のLiイオン伝導経路は保たれていた。(出所:東工大プレスリリースPDF)