映像が空間に浮かんで見えるのはなぜ?

さて、何もないところにモノがあるように見せる謎は解けたが、何もないところに映像を浮かび上がらせる不思議を説明するには、もう一歩深く踏み込む必要がある。

この疑問を説明するために、いったん空中ディスプレイから離れ、おそらくあなたの手元でこの記事を映し出しているであろう、一般的なディスプレイの仕組みを解説しよう。

ディスプレイに表示された画像は、顕微鏡などで拡大していくと「ピクセル」と呼ばれる小さな点が無数に並んでいるのがわかる。例えばリンゴの画像であれば、リンゴにあたる位置のピクセルが赤く、それ以外のピクセルは白く発色するように、表示する画像に合わせて1つ1つのピクセルが光を発することで、全体で1つの画像として見える。

  • ピクセルで形作られた画像のイメージ。

    ピクセルで形作られた画像のイメージ。(作成:岸小春)

つまり、画面が発する色付きの光を狙い通りに集めて結像できれば、映像を空中に浮かべられることになる。スマホの画面から飛び出した多数の光も、複数の鏡などを使って空中にもう一度正しく並べることができれば、まったく同じものを浮かび上がらせることができるのである。

これらのメカニズムを利用した空中ディスプレイでは、特殊なプレートを用いて元のディスプレイの光を屈折させ、空中で再び結像させることで、空中にディスプレイがある場合と同じ光を目に届け、そこにあたかも映像があるかのように感じさせているのだ。

  • 空間タッチディスプレイで空中に映像を浮かび上がらせるメカニズムのイメージ。

    空間タッチディスプレイで空中に映像を浮かび上がらせるメカニズムのイメージ。(作成:岸小春)

ちなみに、光を変化させて空中に集める特殊なプレートの中身には、特殊な構造のマイクロミラー素子が用いられる。プレートの中に大量の小さな鏡があると想像すると良いだろう。マイクロミラー素子と聞くと、一見複雑な仕組みのように感じるかもしれない。だが光の通る道をたどると、モニターのピクセルから出た拡散光線が特殊なプレート内の2つの鏡で反射して目に届くだけの、至ってシンプルな仕組みだ。

具体的な手法としては、特殊なプレート内に小さな鏡が大量にあることで、モニターから発する光線の1本1本が、入射角と透過反射角が等しくなるように反射される。これによって、プレートを通過したモニター画像からの拡散光は、反対側の空中で結像し、あたかもそこにモニター画像があるように錯覚させることができるのだ。

このようなメカニズムを用いて、拡散光に適応して進化した目や脳と、鏡の性質を組み合わせることで、空中に浮かぶディスプレイが完成するのである。

触っていないのに指で操作できるのはなぜ?

空中ディスプレイの応用先と期待されている製品の1つが、非接触操作パネルだ。不特定多数の人間が使うパネルを空中表示にすることで、パネルを介してウイルスなどが人から人へと広がっていくのを防ぐことができる。

衛生的な利点以外に、タッチパネルが空中に浮かぶようになれば、直感的で自由度の高い操作ができることもメリットだ。前半で述べた教材としての利用に加え、イベントにおいて記憶に残る顧客体験の提供をしたい場合にも、従来のディスプレイと比べてより高い効果を生み出せる。また、手が汚れる作業をしている際や、手袋をしたまま操作したい場合にも便利だろう。

では最後に、実際にはどこにも触れていないのにディスプレイを指で操作できるのはなぜなのか、解説しよう。

従来のタッチパネルのメカニズムとして、静電容量方式や抵抗膜方式など複数のタッチ検出方式があるように、空中タッチディスプレイにもいくつかの検出方式がある。ちなみに検出方式とは、タッチしたときに、どの位置をどのような強さで触れたかをディスプレイ側で感知するための方法のことだ。

物理的な接触をしない空中タッチディスプレイでは、触られたかどうかを判断するために、特別な技術が必要とされる。

空中タッチディスプレイで多く採用されている方式は、光学方式だ。この方式では、赤外線センサを設置し、指によって赤外線が遮られたときに、その位置が「触られた」ことを検出する。この方法であれば、直接指でパネルを操作するのが難しい医療現場や工場内でも操作しやすく、空中ディスプレイのメリットを存分に発揮できるだろう。

実用化に向けて解決すべき課題の数々

今回は、空中タッチディスプレイに関する3つの「なぜ?」について、メカニズムの一例を用いて解説した。この新たなディスプレイは、目と脳の仕組みや鏡の性質を利用し、何もない空間に映像を映し出している。マイクロミラー素子を敷き詰めた専用のプレートを使えば、一般的なディスプレイも簡単に空間に映し出せる。

ところが、空中ディスプレイを実用化するまでには、まだいくつも解決しなくてはならない課題が残っている。

空間タッチディスプレイが克服すべき課題

  • 複数の人間が同時に操作しても、きちんと認識できるようにするには?
  • 明るいところでも見やすい映像にするには?
  • 駅などの振動が起きる場所でも安定して映像を表示するには?
  • 携帯性やコストは?

限られた場所では実用化できても、公共の場で使われているディスプレイがすべて空中ディスプレイに置き換わるまでには、まだまだ時間がかかるかもしれない。

だが、使いやすさや自由さ、そして何より“ワクワク感”という魅力を持った空中ディスプレイが、身近なところで使われ始めるのが今から待ち遠しい。国内を見渡すと、すでに導入されている駅や空港、コンビニがあるという。もし興味があれば、実際に“触れずに触れて”みてはいかがだろうか。