真の融合を目指す

サイプレスの買収当時のCSS事業本部はまさに異文化交流の場であったという。それもそのはず、従来のインフィニオンのスタッフはともかく、サイプレス側は2016年にブロードコム(Broadcom)のワイヤレスIoT事業を買収2015年にはスパンション(Spansion)を買収、そのスパンションも2013年に富士通セミコンダクター(FSL)のマイコン/アナログ半導体事業を買収と、それぞれ出身母体が異なるスタッフが混在する状態となっていたためである。

特に日本は旧FSLのマイコン開発部隊がそのまま受け継がれるなど、多くのエンジニアが在籍する状態であったことから、世界的に見てもCSS事業部の規模としては大きなものとなっていた。現在もCSS事業本部に所属するメンバーの半数がFAEやアプリケーションエンジニアだという。FAEが顧客のデザインインまでのサポートを担うが、そこに旧FSLのマイコンエンジニアや旧Broadcomのワイヤレスエンジニアなどのエキスパートのチームもサポートに入ることで、普通の外資系メーカーであれば本国の開発チームなどに聞かないと分からないようなことまで、ソフトウェア部分含めて日本内部で解決できることが大きな強みになっているという。

事業部としての一体感を生み出していくため針田氏は「CSS事業本部が生まれたときに、Seven Stars Strategyというものを掲げ、7つのアプリケーションに注力していくことを決定した」という。すでに当時の時点でビジネスとして確立されていた「ゲーム」「プリンター」の2つに加え、「コンシューマ」「オートモーティブ」「ホームアプライアンス」「インダストリアル」「eコマース」の5つの合計7つであり、現在までに徐々に新規案件が生み出されるなど、順調にその成果はでてきているようである。ちなみにCSS事業本部として扱っているオートモーティブはワイヤレス関連であり、ATVの手掛けるアナログ半導体やパワー半導体は扱わない。「自動車も従来はインフォテイメント向けだけであったが、バッテリマネジメントシステムのワイヤレス化など、無線技術のユースケースに拡がりがでてきた。そうした意味では、次のビジネスになると思っている。ATV事業がすでに自動車OEMやティア1などと連携していることもあり、そうした事業部との連携も進めていくことで、商機の拡大が期待できる」(同)としている。

  • 2022会計年度における日本法人のハイライト

    2022会計年度における日本法人のハイライト。民生機器ではワイヤレス接続は当然で、そのためにセキュリティを担保する必要性も高まっており、そうした動きが事業拡大の追い風になっている (出所:2022年11月30日に開催されたインフィニオン テクノロジーズ ジャパン新オフィス公開時配布資料)

インフィニオンでは人の融合だけでなく、製品の融合も加速させていきたいとしている。同社は現在、独ドレスデンに新たな300mm対応前工程工場の建設を進めている。この新工場ではパワー半導体およびアナログ/ミクスドシグナル半導体の生産が行われるとされているが、実はサイプレスから移管されたマイコン製品の一部も生産する計画だという。

「インフィニオンとサイプレスの融合の第一歩は“アクセス”だった。互いに重複していなかった顧客への乗り入れを進めることで商機の拡大を図ってきた。第2段階として、互いの製品を組み合わせることでシステムとしての話ができるようになった。そして第3段階として、互いのコア技術を活用することで新たな価値の創出ができるようになった。第4段階は、そうした技術を自社の工場で作る。主にサイプレス時代の130nmプロセス品がメインとなる予定だが、いよいよインテグレーションの時期が到来する。相互乗り入れが本格化し、サイプレスのものづくりとインフィニオンのものづくりが真の意味で融合することになる。このシナジー効果により、さらに大きくワンステップ進むことになる」と針田氏は語るほか、「サイプレスとの統合はデメリットなしのいいことづくめ」と、サイプレスとインフィニオンの融合が大きな躓きもなく段階を踏んでいることを強調する。

  • 独ドレスデンの新工場スケジュール

    独ドレスデンの新工場スケジュール。パワー半導体とアナログ/ミクスドシグナル半導体の製造が予定されており、その一部に旧サイプレス製品の製造が含まれるという

針田氏は「買収当時は、人数の規模も大きく、どう統合するのかという部分でのチャレンジはあったが、製品として被るところがなく、ここまで現場のエンジニアたちの頑張りもあって、ビジネスとしても大きな成長を実感できるようになってきた」とこの3年間を振り返る。「日本のIoT市場に対し、CSS事業本部が持っている3つの製品カテゴリで顧客のニーズにどうやって答えられるのかを考えてきた。ストーリーとしては、(データを)“つないで”、“処理して”、“守る”というもの。つなぐことができれば、そこから先も開拓できるようになったことは大きい。顧客と一緒に新しい価値を生み出せるようになったことは、エンジニアにとってもやりがいのある話だと感じている。フィールドで頑張ってくれているエンジニアたちも、もっと詳しい話が必要になった時にアプリケーションエンジニアとしてそれぞれのエキスパートが控えてくれているようになったことで、チームとして支えることができるようになった。そうした意味では本当の意味でのワンチームになってきたと思う。サイプレスから来てくれたエンジニアが(これまで触れてこなかった)セキュリティに興味を持ってくれたり、逆にインフィニオンのセキュリティエンジニアがマイコンやワイヤレスに興味を持ってくれたりと、エンジニア同士が強制されることなく、新しい技術に興味を持ってくれている。それぞれが専門性が高い技術分野なので、相互乗り入れが難しいと思っていたのだが、エンジニアたちが自ら率先して興味をもって交流してくれるようになっているのは、非常にいい状況を作り出せていると感じている」と、人材の交流/活用という面でもメリットが生まれているとする。

ワンチームで挑む新たな市場開拓

インフィニオンは現在、長期的な全社ターゲットとして年率10%以上の売上高成長率を掲げている。IC Insightsの2022年12月段階での2026年までの半導体市場の年平均成長率(CAGR)が6.5%であるので、それを越す勢いで成長を続けることを目指していることとなる。

そうした好業績が維持されていくことを前提とした中、CSS事業部内の日本地域での売り上げ比率20%を維持していこうと思うと、かなり高いハードルをクリアしていくことが求められることが予想される。そうした目標達成のために針田氏は「未開拓分野の開拓を進めていく。そのポテンシャルは十分ある」と戦略を説明する。というのも、上述した通り、旧サイプレス時代にアプローチできていなかった産業分野やビジネス領域でありながら、インフィニオン側ではすでに参入済み、というところが多々残されているためで、そうした分野がデジタル化の進展に伴い、ネットワークへの対応を中心に新たな動きを見せており、それら既存顧客における用途拡大が期待できるような時代が訪れつつあるためである。

多くのエンジニアを抱えつつもワンチームの実現に向けて邁進する日本法人のCSS事業本部は、そういった意味でもインフィニオンとサイプレスの統合に伴う見本モデルとなることが期待されているとも言えるだろう。

針田氏はそうした本社からの期待を十分に理解しており、すでに2022年より顧客やパートナーとの連携強化に向けたセミナーイベント「Infineon MCU Partner & Solution Day」を開催するなど、新たな市場開拓に向けて余念がない。初開催となった昨年はコロナ禍ということもありオンラインとオフラインのハイブリッド開催であったが、新型コロナの5類感染症への移行などもあり、今年は7月にオフラインのみで開催する予定としており、会場にはマイコンやワイヤレスソリューションなども20件ほど持ち込んで展示することも計画しているという。

あらゆるものがインターネットに接続されるIoT時代の本格到来に向かう社会情勢の変化に併せて、サイプレスと真の意味での融合を進め、新たな価値の創出を目指すインフィニオン。IoTの実現に求められる“つなぐ”、“処理する”、“守る”の3要素をすべて持つようになった同社の、中でも日本のCSS事業本部が、これからどのような価値を日本市場にもたらしていくのか、その動きに注目である。