ブルー・ムーンがスターシップHLSより優れている点
ブルー・ムーンには大きく2つの特徴がある。
ひとつは、推進剤に液体酸素と液体水素を使う点である。この組み合わせは比推力が高く、効率を大きく高めることができるため、高エネルギーを要する深宇宙ミッションにとっては最適な推進剤といえる。
ただ、液体酸素も液体水素も気化しやすいため、長期間の保存は難しい。そのため、たとえばアポロ計画ではヒドラジンや四酸化二窒素という、性能は低いものの保存性の高い推進剤が使われていた。
そこでブルー・オリジンでは、太陽光発電で動く20K(-253.15℃)の極低温冷却装置をはじめ、気化を防ぐためのさまざまな技術を開発することで、液体酸素と液体水素を実用可能な推進剤にするとしている。
また、月の南極には水(氷)が埋蔵されていると考えられており、その水を取り出すことができれば、ブルー・ムーンの推進剤として使える、つまり推進剤の現地調達ができる可能性もある。
さらにブルー・オリジンは、この技術を活用することで、将来の月より遠くへ向かうミッションや、核熱ロケットなどの実現に役立つとしている。
もうひとつは、船体の下側、つまり月面に近いところにクルー・モジュールがあることで、これにより月面で乗り降りしやすくなっている。
スペースXのスターシップHLSと比べた場合、スターシップHLSは推進剤に液化メタンと液体酸素を使うため、月での推進剤の入手性という点ではブルー・ムーンに劣る。もっとも、スペースXとマスク氏にとっては、本命は有人火星探査であり、また火星でならメタンを現地生産することができるため、大きな欠点というわけではない。
また、スターシップHLSは全長50mもあり、おまけに宇宙飛行士の居住スペースはその先端部分にあるため、乗り降りにはビル清掃のゴンドラのようなエレベーターを使う必要がある。それと比べると、ブルー・ムーンは圧倒的に乗り降りがしやすい。
一方、ブルー・オリジンはこれまで、軌道速度を出して宇宙を飛行するロケットや宇宙船を打ち上げた実績がないという短所もある。ブルー・ムーンの開発や運用、さらにそれを打ち上げることになるニュー・グレンの運用も含め、技術的なハードルは高く、そして複数立ち並んでいることから、開発の遅れなどのリスクは高い。
ネガキャンや場外戦を繰り広げるも結果オーライ?
ブルー・オリジンのブルー・ムーンが、アルテミス計画の月着陸船として選ばれるまでには多くの紆余曲折があった。
前述のように、もともとスペースXなどと受注をめぐって競い、最初の契約では敗れている。
スターシップHLSはかなり先進的な設計であり、リスクがあるとみられていた一方で、ブルー・オリジンはボーイングなど実績のある企業と組んだナショナル・チームとして参画していたこと、またそれ以前から自己資金でブルー・ムーンの開発を進めていたこともあり、有力候補と見られていた。そのため、当時この結果は、宇宙業界から大きな驚きをもって迎えられた。
NASAはこのとき、選定の大きな理由のひとつに予算を挙げていた。スペースXは28億9000万ドルという価格で入札しており、これはブルー・オリジン、ダイネティクスの提案に比べ大幅に低かったという。とくにブルー・オリジンは「スペースXより著しく高価(significantly higher)」とされ、NASAは「ブルー・オリジンと契約するには資金が足りません」と、社名を挙げてまで説明した。
また、スペースXは技術的な評価において「満足(Acceptable)」、マネジメントも「きわめて優れている(Outstanding)」とされた一方、ブルー・オリジンは、技術評価は「満足」であったものの、マネジメントは「とても良い(Very Good)」にとどまっており、価格以外でもスペースXよりやや劣る評価だった。
ブルー・オリジンは、この結果をめぐって、WebサイトやSNS、インフォグラフィックを駆使して、「スペースXの計画は非常に複雑でリスクが高い」などとネガティブ・キャンペーンを展開した。さらにベゾス氏は、「NASAがアルテミス計画でブルー・ムーンを使うなら、開発費として20億ドルから30億ドルをポケットマネーから出してもいい」とさえ公言した。それでも認められなかったため、ベゾス氏は訴訟を起こすという行動にも出た。
そうした“場外戦”が奏功したかどうかはわからないが、ブルー・オリジンの望みどおり、アルテミス計画に参加できることになった。
いずれにせよ、アルテミス計画は2種類の月着陸船が用意されることになったおかげで、ロバスト性(堅牢性)が高くなったのは事実だろう。どちらかの月着陸船の開発が遅れたり、トラブルで運用が止まったりしても、アルテミス計画そのものが止まってしまう可能性は低くなる。
もっとも、スペースXのスターシップはまだ宇宙を飛んですらおらず、ブルー・オリジンも軌道速度まで出せるロケットや宇宙船を打ち上げたこともない。開発や計画の遅れ、見直しが起こる可能性は十分にある。今後の動向は注意して見守る必要があるだろう。
参考文献
・NASA Selects Blue Origin as Second Artemis Lunar Lander Provider | NASA
・NASA Selects Blue Origin for Astronaut Mission to the Moon | Blue Origin
・Blue Moon | Blue Origin