設計されたペプチドは、グリシンおよびアラニンを繰り返し、アミノ酸配列とチロシンを両端に含む分子足場ドメインを有する。足場ドメインは、分子間水素結合によってβシート構造が形成され、MoS2表面上の分子膜を安定化させる。今回の研究では、この分子足場配列の両端に電荷を持つアミノ酸として、グルタミン酸(負電荷)、アルギニン(正電荷)、グルタミン(中性)が付加された3種類のペプチド(EY5、RY5、QY5)が設計され、実験に用いられた。
原子間力顕微鏡により、3種類のペプチドはMoS2上で高い被覆率と6回対称性を持つ高度に配向されたナノ構造が確認された。また、ペプチド構造の厚さは1nm程度で、MoS2の表面で単分子膜を自己組織的に形成することも明らかにされた。
また、MoS2の電気伝導特性がペプチドから受ける影響を評価するために電気化学トランジスタ構造を形成し、電気伝導度が評価されたところ、3種類のペプチドにおいてトランジスタのしきい値電圧やゲート電圧応答曲線の傾きにほとんど変化が見られなかったという。これは、MoS2表面自己で組織化されたペプチドがトランジスタ特性に影響を与えず、MoS2固有の電子特性を維持したままバイオセンシング用の分子足場として機能することが示されているとする。
さらに、単層のMoS2は光励起下で強い発光を示すことから、ペプチド自己組織化前後の単層MoS2の発光の評価が行われたところ、ペプチドによって発光強度が増減することが判明。正電荷のRY5は発光強度が増加し、中性のQY5は発光強度が減少するのが確かめられたとのことで、ペプチド配列中の荷電アミノ酸がMoS2と相互作用していること示唆しているという。
加えてタンパク質「ストレプトアビジン」に強く結合するビオチン分子を、化学的に結合されたビオチン化ペプチド「Bio-Y5Y」がバイオプローブとして導入された。そして、Bio-Y5Yと足場ペプチド(QY5)の混合溶液を表面に滴下して共自己組織化させ、MoS2バイオセンサが作製され、そこに極低濃度(fM)のストレプトアビジン水溶液が滴下され、電気伝導の変化からタンパク質の検出が行われたところ、トランジスタしきい値の変化を観測することに成功。検出できたストレプトアビジンの最小濃度は1fMだったという。この高い感度は、配列されたビオチンプローブが効率的にストレプトアビジンを認識していることに加えて、自己組織化ペプチドの厚みが薄いためにMoS2バイオセンサへのシグナル伝達が高効率化されたことから実現できたものと考えられると研究チームでは説明している。
なお、ペプチドはアミノ酸配列の設計が可能で取り扱いが簡便なことから、MoS2バイオセンサの実用化に寄与するものとされるほか、化学合成によって多種多様な機能を付与したペプチドを生成できるため、電気測定だけでなく光を用いたセンサにも応用ができる点でグラフェンにない応用展開が期待できるという。そのため研究チームでは、将来的には電気と光を組み合わせたセンシング機構を構築し、センシング対象を多次元的に分析することも可能なセンサが期待されるとしている。