ISS以後を見据えた動き
ISSの運用延長が決まった一方で、その終わりも見えてきた。
ISSを構成しているモジュールは徐々に劣化が進んでおり、2030年以降、さらに運用を延長することは技術的に難しい。ロシアが自国のモジュールについて2028年まで運用可能と評価していることにもそれが表れている。
現在、ISS以後を見据えた動きとしては、米国を中心に大きく2つの計画が動いている。
ひとつは、ISSで築かれた国際協力での宇宙開発という枠組みの延長線として、国際協力で有人月探査を行うことを目指した「アルテミス」計画である。アルテミス計画には米国、欧州、日本、カナダが参画しており、早ければ2025年にも有人月着陸を行い、その後も継続的に探査を行い、そして2030年代には有人火星探査を目指している。
アルテミス計画では、月を周回する宇宙ステーション「ゲートウェイ」も建造されることになっており、ISSの建設や運用でつちかわれた各国の技術やノウハウが生かされる。
もうひとつは、ISSの直接的な後継機、すなわち地球低軌道で人が活動し続けるための、新しい宇宙ステーションの建造である。この新しい宇宙ステーションは、民間企業が開発、運用する方針となっている。これにより、地球低軌道を商業活動の場として開放し、宇宙ビジネスを振興するとともに、NASAはアルテミス計画に集中することができる。
民間の商業宇宙ステーションの開発をめぐっては、アクシアム・スペースが「アクシアム・ステーション」という、まずはISSに結合する形で構築し、最終的には独立して運用することを目指したステーションを提案しているほか、ブルー・オリジンを中心とするチームは「オービタル・リーフ」というステーションを提案しており、三菱重工も参画している。
このほか、ノースロップ・グラマン、ナノラックスといった企業が検討や開発を行っている。
NASAはまた、2030年の運用終了後、ISSを廃棄処分する計画も進めている。
現在の計画では、まず2020年代の後半から、補給船などを複数機使い、スラスターの噴射によってISSの軌道を徐々に下げることから始まる。
軌道離脱作業の最初の数か月間は、ISSに宇宙飛行士が滞在した状態で行われる。その後、2030年末には宇宙飛行士は完全に退去し、最終的には地上からのリモートで作業が行われるという。
そして2031年はじめに、南太平洋上の「ポイント・ネモ」、別名「宇宙機の墓場」とも呼ばれる海域に向けて、大気圏に再突入させる。機体の大半は燃え尽き、燃え残った破片も海に落下する。
ポイント・ネモは、東西南北すべてが陸地や島から遠く離れた、周囲にまったくなにもない海域で、再突入時に燃え残った破片が落下しても被害が出る危険性がない。そのため、衛星を制御落下させる先として最適で、これまでにもロシアの「ミール」宇宙ステーションのような大型の宇宙機をはじめ、世界各国が300機近い衛星やロケットをこの海域に落下処分させている。
ロシアの2028年の離脱と、国際協力の価値
ISSの運用延長が決まったことは、参加各国にとって有人宇宙活動が継続できるという点で意義がある。
人が宇宙に長期滞在し、研究や実験などができる施設は、ISSのほかには中国宇宙ステーション「CSS」しかなく、参加各国にとっては宇宙におけるプレゼンスを発揮し続けることができる。
また、人が宇宙に長期滞在することで、身体にどのような変化が起こるかなどはわかっていないことが多く、長期的、継続的な研究が欠かせない。くわえて、宇宙環境を使って実験や研究ができ、なおかつその成果物を地球に持ち帰られることは、宇宙ビジネスの振興にもつながる可能性がある。「ISSは“収穫期”に入った」とは、ここ数年さまざまなところで聞かれる言葉でもある。
ただ、今後の延長運用と、そして新しい宇宙ステーションへのバトンタッチが滞りなく進むかどうかは未知数である。
そもそも、ロシアは2028年の延長までしか同意していない。ISSの中で、ロシアのモジュールはその半分近くを占めており、宇宙飛行士の生活や実験に使われているほか、宇宙船や補給船による宇宙飛行士や補給物資の輸送も行うなど、重要な役割を担っている。そのため、ロシアが2028年以降、ISSから離脱すれば、他国が望む2030年までの運用が難しくなる可能性がある。
もっとも、ロシアとしてはそれを踏まえたうえで、他国から2028年以降も運用に参加し続けるように求められること、そしてその引き換えに金銭的なリターン、あるいは経済制裁の解除などを持ち掛けることを狙っている可能性もある。
前述した商業宇宙ステーションの中には、ISSに新しいモジュールを追加したり、古くなったモジュールを交換させたりして、新陳代謝させるようにして構築する案もある。その開発が順調に進めば、ロシアが担っていた役割を引き継ぐことができるが、もしそれが叶わなければ、やはりISSの2030年までの延長が難しくなるかもしれない。
また、ロシアが2030年まで参加する場合でも、あるいは離脱するロシアからモジュールを譲り受けるなどして運用を継続することにしたとしても、ロシア・モジュールの老朽化の問題が首をもたげることになる。場合によっては2028年を待たずして老朽化が深刻なものとなり、メンテナンスに忙殺されたり、重大な事故が発生したりする可能性もある。
ロシアはまた、独自の宇宙ステーションを建造する計画も破棄してはいない。ISSへの参加と並行して計画を進め、2028年ごろには独自の宇宙ステーションに移行することを考えているものとみられる。
昨今のロシアの置かれた情勢、とくに資金面や半導体などの禁輸といった事情から考えると、計画がすんなりと進む可能性は低い。ただ、ロシアが宇宙分野においても欧米などと決別し、対抗していく意志を示している点は留意すべきである。少なくとも、今回の延長同意をもって、ロシアとその他の国々との足並みが揃ったとは言えない。
そして、中国の動向にも注意が必要であろう。CSSは今後、数十年は運用されるものとみられ、欧米などがISSの今後の運用や、後継となる商業宇宙ステーションへの移行でつまずけば、地球低軌道におけるプレゼンスが低下することになりかねない。
また、中国はCSSを足がかりに有人月探査の実現も目指しており、ロシアと共同で進めることも検討されているなど、今後の動向をめぐっては予断を許さない。
ISS以後の新たなる有人宇宙開発の時代は、地球低軌道がビジネスの場になり、そして月や火星を探検できるようになる可能性がある一方で、対立や衝突が生み出される危険性もある。
だからこそ、私たちはISSがもつ「平和のシンボル」という理念に立ち返らなくてはならない。
過去から今に至るまで続く対立を乗り越え、宇宙という過酷な世界に人が住める建造物を造り上げ、そこに四半世紀近くも宇宙飛行士が生活し続けている。それは、私たち人類は協力すれば、どんな困難も乗り越えることができ、そして月への移住や有人火星探査も実現できるのだという、希望と可能性を示しているのである。
参考文献
・Partners Extend International Space Station for Benefit of Humanity - Space Station
・Roscosmos
・NASA Selects Companies to Develop Commercial Destinations in Space | NASA