まず、hnRNP A/B遺伝子欠損マウスの嗅覚組織の観察が行われた。すると、成熟な嗅神経細胞の数が減少し、軸索の投射様式に乱れが生じていることが明らかになったとする。また行動解析実験において、匂いを検知して識別する能力の低下も観察されたことから、hnRNP A/Bは正常な嗅神経回路を形成し、匂いを高精度に検知する上で必要な因子であることが判明した。
続いて、嗅神経細胞でhnRNP A/Bが結合するmRNAの探索を行った結果、hnRNP A/Bは軸索投射や神経成熟に関連するmRNA群、特に「Pcdha」や「Ncam2」などの神経細胞接着因子をコードするmRNA群と結合していることが明らかにされた。さらに、これらの遺伝子の発現様式を解析すると、hnRNP A/B遺伝子欠損マウスでは、PcdhaとNcam2のタンパク質の発現レベルが、軸索末端で局所的に低下していることが確かめられたという。
次に、遺伝子配列解析から、Pcdha mRNAの「3'側非翻訳領域」(3'-UTR)に、hnRNP A/Bの認識配列「RTS」が発見された。そこで、Pcdha遺伝子の3'-UTRからRTSを含む領域を欠失させたマウスが、遺伝子編集技術「CRISPR/Cas9」を用いて作製され、さらに解析が行われた。
するとPcdha-UTR欠失マウスでは、嗅神経細胞の細胞体側におけるPCDHAタンパク質の発現に変化は確認されなかったものの、軸索末端におけるPCDHAタンパク質の発現に有意な低下が見られたとする。この発現様式は、hnRNP A/B欠損マウスにおけるPCDHAタンパク質の発現様式と類似するとしている。
以上から、hnRNP A/Bは認識配列RTSを介して神経回路形成に関わる因子のmRNAに結合し、軸索末端における局所的なタンパク質合成を促進することにより、嗅神経回路の形成と匂いの認識に寄与していることが示されたという。
hnRNP A/BやRTSを含むmRNA群は、嗅神経細胞以外の細胞にも発現している。また、hnRNP A/B遺伝子の変異は、神経発達障害との関連性が示唆されているという。研究チームは今後、局所翻訳におけるhnRNP A/Bの作用機序や、ほかの細胞におけるhnRNP A/Bの役割を解析することで、神経の発達や機能に関わる遺伝子制御の理解が深まることが期待されるとした。