また透過電子顕微鏡(TEM)による結晶学的な観察では、鉄・クロムの硫化物「FeCr2S4」の粒子が発見された。この粒子の電子線回折像は、FeCr2S4鉱物としてよく知られているドブリーライトでは説明がつかず、密度の高い結晶構造を持つゾレンスキーアイトであることが確認された。ゾレンスキーアイトは、2022年に隕石中から発見されたばかりの新鉱物で今回は2例目の確認となり、こうした高密度構造の形成には数万気圧が必要なことが実験的に明らかにされている。これらの結果を総合すると、リュウグウが経験した衝撃圧力は2万気圧程度だったことが解明された。

  • 断層の変位の大きさと衝撃圧力の関係。断層面上は摩擦熱により周囲よりも高温になるが、その温度はリュウグウ粒子全体が溶ける温度(約1100℃)より低温である。測定した断層の変位量から、衝撃圧力の上限は約2万気圧と見積もられた

    断層の変位の大きさと衝撃圧力の関係。断層面上は摩擦熱により周囲よりも高温になるが、その温度はリュウグウ粒子全体が溶ける温度(約1100℃)より低温である。測定した断層の変位量から、衝撃圧力の上限は約2万気圧と見積もられた(出所:阪大Webサイト)

  • リュウグウ粒子中に発見された高圧型のゾレンスキーアイト。(左)透過電子顕微鏡像。(右)電子線回折像。2万気圧以上の圧力発生を示唆する

    リュウグウ粒子中に発見された高圧型のゾレンスキーアイト。(左)透過電子顕微鏡像。(右)電子線回折像。2万気圧以上の圧力発生を示唆する(出所:阪大Webサイト)

水に富む小惑星物質に30万気圧程度の強い衝撃が加わると、粘土鉱物が熱分解し、生じた水蒸気の力で小惑星が爆発的に粉砕されてしまうことが知られている。地球で回収される隕石や宇宙塵の多くも、このような強い衝突現象によって形成された可能性があるという。しかし、今回の研究から推定されたリュウグウの衝撃温度や圧力はとても弱いもので、脱水分解はまったく起きていなかったとみられることから、少なくとも有機物と水に富む小惑星においては、岩片を大量に生み出すプロセスに、衝突イベントは大きな寄与をしていない可能性があるとしている。

なお、今回の研究では観察できた粒子の量が限られているため、今回の研究成果がリュウグウ全体を反映しているのか、ほかの含水小惑星でも同じような天体衝突が起こっているのかなど、さらなる検証が必要だとする。そこで研究チームでは、リュウグウ粒子の観察だけでなく、炭酸塩や無水のケイ酸塩鉱物の衝突実験も行い、回収試料の微細組織から新しい圧力・温度指標を構築する研究を進めているという。また同時に、地球で回収されるさまざまな隕石における衝撃組織の観察も継続中だといい、これらの結果を小惑星回収試料に応用し、より詳細に衝突イベントを明らかにしていく予定としている。

また、2023年秋には米国航空宇宙局(NASA)の探査機「OSIRIS-REx」が、リュウグウと同様に含水鉱物に富むと考えられる小惑星ベンヌから、より多くの粒子を持ち帰る予定だ。研究チームは、その分析結果が加われば、小惑星ごとの天体衝突プロセスの違いも明らかになることが期待できるとした。