飛行試験ではここに注目
スターシップはかつてないほど巨大で複雑なロケットであり、今回の初飛行が成功する確率は高くはない。
マスク氏もTwitterで「成功の確率は50%」、「Success maybe, excitement guaranteed! (もしかしたら成功、興奮は保証!)」と発言している。今回はあくまで飛行試験、それも初めての試験であり、ひとまず無事に発射台から飛び立てば御の字といったところだろう。
無事に離昇できるか?
今回の飛行試験において注目すべき点は多いが、まずは無事に離昇できるかどうかだろう。スーパーヘビーには33基のロケットエンジンが装備されており、そのうち数基が止まっても飛行はできるとされるが、それでも大多数は正常に動く必要がある。
また、離昇してしばらく飛行したのちに墜落するのであればまだ良いほうで、もし発射台の上で爆発したり、少し浮き上がった直後に墜落したりすれば、発射場も大きな損傷を受けることになり、今後の開発や試験にも影響が出てしまう。無事に発射台から飛び立ち、発射塔を傷つけずに飛んでいくことができるかが、まずは大きな関門となる。
また、それ以前に、機体のトラブルで打ち上げが何度も延期される可能性も高い。機体だけでなく、スターシップへの推進剤の充填や、電力や空調の供給などを担う、地上の施設・設備が無事に稼働するかどうかも大きな技術的挑戦となる。
マックスQを無事に通過できるか?
無事に離昇できれば、次の関門はマックスQである。
ロケットは音速の何倍もの速さで大気圏内を飛行するため、機体には大きな空気の圧力がかかる。ただ、大気の密度は上空に行くほど薄くなっていくので、圧力も下がっていく。つまり、離昇したあとだんだん圧力が高まり、ある場所を境に最大になり、その後はだんだん低くなっていく。その最大圧力になる点をマックスQと呼び、その前後も含めロケットには大きな負荷がかかることになるため、それに機体が耐えられるかどうかが焦点となる。
その後のスーパーヘビーとスターシップの分離、そしてスターシップのエンジンの点火も、機体の大きさや、スターシップにも6基ものエンジンが装備されていることから難しい点となろう。
無事に大気圏に再突入できるか?
そして、おそらく最大の関門となるのが、地球帰還時の大気圏への再突入である。
スペースXは、打ち上げたロケットの第1段機体を着陸させて回収し、再使用する技術を生み出し、いまでは事もなげにやってのけている。ただ、ロケットの第1段機体はそれほど速度を出さないため、着陸・回収はそれほど難しくはない。
しかし、スターシップは地球を回る軌道へ飛ぶため、約8km/sの軌道速度を出している状態から地球に帰ってくる必要がある。軌道を離脱する際に少し減速はするものの、それでも地球に大気圏に突入すると、機体によって空気が押しつぶされて圧縮し、約1500℃もの超高温になる。また、月や火星から帰ってくる場合には、惑星間軌道から地球の大気圏に突っ込んでくることになるため、速度も温度もさらに大きくなる。
この高温に耐えるため、スターシップの底面部には、六角形をしたシリカ製の耐熱タイルが、数千個も貼られている。スペースXではかつて、機体材料がステンレス鋼であることを活かして無冷却で再突入させる技術や、機体表面に燃料を流し、ガスの膜を作って熱を防ぐ技術などを研究していたが、最終的にNASAのスペース・シャトルのような耐熱タイル方式に落ち着いた。
もっとも、シャトルの耐熱タイルは脆く、また剥がれやすく、それがメンテナンス費用を押し上げ、飛行頻度の低下をもたらした。スターシップはそれを教訓に、メンテナンスなしで何回も飛行に耐えられるように設計されているというが、はたして無事に再突入に耐えられるかは大きな技術的挑戦となる。
また、スターシップは通常の飛行機やシャトルなどとは違い、機体の前部と後部にそれぞれ2枚あるフラップを、鳥がはばたくように動かすことで姿勢制御を行う。2021年の飛行試験では正常に稼働したものの、このときは高度10kmからの飛行だったため、宇宙からの降下で使用されるのは今回が初めてとなる。
加えて、フラップにも耐熱タイルが貼られているものの、とくにジョイント部分などは壊れやすい。フラップが故障すれば、再突入時やその後の降下飛行時の姿勢制御ができなくなり、機体が破壊される可能性もある。この部分が再突入に耐えられるかどうかも大きな技術的挑戦となる。
マスク氏の言うように、今回の打ち上げが成功する確率は高くはないものの、興奮は保証されている。それは同時に、宇宙開発の歴史に新たな一ページが創られ、そして新たな未来の章が始まる出来事になるだろう。
スターシップが宇宙へ発進する瞬間、それは、アナキン・スカイウォーカー少年がポッドレースに出場したときのような、ゼフラム・コクレーン博士が人類初のワープ飛行に成功したときのような、センス・オブ・ワンダーに満ち溢れるに違いない。しかし、なにより重要なのは、スターシップの飛行は現実だということである。
参考文献
・STARSHIP FLIGHT TEST - SpaceX - Launches
・SpaceX - Starship
・Starship Flight Test - YouTube