SSLVのこれから
SSLVの試験飛行が成功したことで、次は商業打ち上げがみえてくる。ISROは何号機までを試験機として打ち上げ、商業打ち上げに移行するかは明らかにしていないが、すでに米国の民間地球観測衛星会社「ブラックスカイ」から衛星の打ち上げを受注しており、そう遠くないうちに商業打ち上げに入るものとみられる。
また、商業打ち上げへの移行にあたっては、SSLVの製造から打ち上げといった一連の運用を、ISRO傘下の国有企業「ニュースペース・インディア・リミテッド(NSIL)」に移管することになっている。NSILはすでにPSLVの製造や打ち上げ、商業販売などを手掛けており、実績も多い。ISROとして、SSLVを商業用ロケットとして成功させるため、民間の機動力、コスト意識を重要視していることがわかる。
さらに、SSLVを打ち上げるための新しい発射施設の建設も進んでいる。
今回打ち上げが行われたサティシュ・ダワン宇宙センターは、じつはSSLVにとっては最適な場所にはない。太陽同期軌道、極軌道へ衛星を打ち上げるにはロケットを南、ないしは北へ向けて打ち上げるのが最適だが、同センターの南にはスリランカがあるため、一旦南東方向に飛ばしてから飛行コースを曲げ、南西方向に飛ばすという飛ばし方をする必要があり、その分打ち上げ能力がやや低下してしまうのである(同様の問題は種子島宇宙センターも抱えている)。
ISROが運用する他のPSLVロケットなどであれば、比較的打ち上げ能力が大きいため致命的な障害とはなっていないが、もともと打ち上げ能力が小さいSSLVにとっては、打ち上げ能力に対して損失が占める割合が大きくなってしまう。
そこでISROは、インドの南端、スリランカの西側に位置するクラセカラパトナム(Kulasekharapatnam)という場所に、SSLV用の新しい発射場の建設を進めている。同地は南から南西にかけてインド洋が広がっており、飛行経路を曲げることなく極軌道に向けて直接打ち上げられるため損失がじず、SSLVの能力をフルに発揮することができるようになる見込みである。
SSLVがもつ可能性
SSLVが成功したことで、インドは小型・超小型衛星の打ち上げに特化した、手頃なロケットを手にすることとなった。これから目標としている低コスカト化、打ち上げの高頻度化などが達成できれば、市場で大きな存在感を発揮できる可能性は十分にある。
小型・超小型衛星の打ち上げをめぐっては、従来は中型ロケットに分類されるやや大きな性能のPSLVを使い、小型・超小型衛星を複数搭載して打ち上げることで、インド国内の需要を満たし、また他国の企業などからの商業打ち上げを請け負っていた。ただ、そうした打ち上げ方では、打ち上げを希望する衛星をまとめたり、同じ軌道にしか送り込めなかったりと、つまり個々の小型・超小型衛星が希望する時期に、希望する軌道へ打ち上げることが難しいという課題があった。
こうした課題は世界共通のものであり、それを解消するため、また同時にビジネスチャンスと捉え、米国ロケット・ラボの「エレクトロン」ロケットや、ヴァージン・オービットの「ローンチャーワン」など世界中で、小型・超小型衛星の打ち上げに特化した超小型ロケットが続々と開発され、すでに運用段階に入っているロケットもある。日本でもインターステラテクノロジズが「ZERO」を、スペースワンが「カイロス」を開発している。
しかし、その需要は当初予想されていたよりは伸びていない。その一方で、スペースXの大型ロケット「ファルコン9」による、小型衛星を数十機まとめて打ち上げるサービスが好調をみせている。前述したことと矛盾するようではあるが、ファルコン9によるまとめ打ち上げは、衛星1機あたりの打ち上げコストが安くできることから、すなわち打ち上げ時期や軌道の制約や不自由さより、打ち上げコストが安いことが重要視されるということが表れている。
たとえば、エレクトロンの1機あたりの打ち上げコストは約750万ドルとされる一方、ファルコン9は1機あたり6700万ドルで販売されており、小型・超小型衛星を数十機まとめて打ち上げれば、衛星1機あたりの打ち上げコストはエレクトロンよりも安くなる。実際、スペースXの打ち上げサービス販売ページで、「100kgの衛星を太陽同期軌道に打ち上げたい」と問い合わせれば、「65万ドル」という数字が返ってくる。
こうした中で、SSLVの存在意義、そしてビジネスチャンスは大きい。SSLVはエレクトロンよりも少し打ち上げ能力が大きい一方で、打ち上げコストは前述のように1機あたり約3.6億ルピー(約6億円)、米ドルに換算すれば約440万ドルとはるかに安い。また、SSLVは小型・超小型衛星の3機まとめての打ち上げにも対応しているため、その打ち上げ方なら衛星1機あたりはさらに安くなる。
ファルコン9による数十機のまとめ打ちよりは依然として高いものの、エレクトロンよりその差は小さく、希望の時期、軌道に打ち上げてくれる付加価値として受け入れやすい。
くわえて、同じように安価だったロシアのロケットが、ウクライナ侵攻にともなう欧米などからの経済制裁により商業打ち上げ市場から事実上撤退したことで、その分の需要が流れてくることも期待できる。
つまりSSLVは、手頃な価格で、希望の時期に希望の軌道へ打ち上げてくれるロケットという、小型衛星の関係者が真に待ち望んでいた存在になれる可能性を秘めている。
また、ファルコン9が大型ロケットの分野において打ち上げ価格などの基準、標準となったように、小型・超小型衛星打ち上げの分野ではSSLVが基準となり、今後同クラスのロケットを開発しようとする企業は、SSLVよりも安色ケットを生み出すか、なんらかの付加価値を身につける必要性に迫られるかもしれない。
一方、SSLVへの懸念点としては、まず信頼性が挙げられる。インドのロケットは打ち上げ数が欧米ロに比べまだ少ないなど発展途上にあり、近年も打ち上げ失敗がたびたび発生している。今後、SSLVが試験飛行と運用初期の段階において、どれくらいの打ち上げ成功を重ね、信頼性を示せるかは大きな挑戦となる。
また、インドという国の立ち位置も懸念材料となろう。ロシアのウクライナ侵攻後、インドは侵攻そのものについて肯定はしないまでも、西側に完全に同調することもなく、ロシアからの石油・ガスの輸入量を増やすなど微妙な立ち位置にいる。宇宙開発においても、歴史的にインドとロシアの関係は深い。したがって今後の事態の推移によっては、前述したようなロシアのロケットが持っていたシェアが流れてくるという期待とは裏腹に、欧米企業などからの衛星打ち上げ受注が難しくなることも考えられる。
1号機の失敗を乗り越え、見事に成功を果たしたSSLV。小型・超小型衛星の打ち上げ市場に颯爽と現れたこの新星が、どんな存在感をみせるのか、そして他社にどのような影響を及ぼすのか。これからの活躍に注目したい。
参考文献
・Successful flight of Small Satellite Launch Vehicle (SSLV)
・SSLV-D2/EOS-07 MISSION Brochure
・SSLV-D2/EOS-07 MISSION
・SSLV-D2/EOS-07 Mission: Second Developmental Flight of SSLV