甘味やうま味の受容体では、センサ領域にアミノ酸などの味物質が結合すると、同領域の構造が変化し、それが引き金となって、味物質情報が生体内に伝えられると考えられている。そこで、引き続きメダカの受容体タンパク質を使って塩化物イオンの作用が調べられた。すると、塩化物イオンの結合は、アミノ酸などの味物質と同様の構造変化を受容体のセンサ領域に引き起こすことがわかった。
さらに、この情報が実際に味覚として生体内で感知されているのかについて、マウスの味神経を使った解析が行われた。その結果、塩化物イオンは、マウスの甘味受容体を介して、甘味神経応答を引き起こし、味覚として感知されることが明らかにされたという。
これらの受容体や味神経に対して塩化物イオンが作用を引き起こす濃度は、塩味受容体が食塩(ナトリウムイオン)を感知する濃度の数分の1程度と低い。そしてこの濃度が、60年前に報告されていた、ヒトが甘味を感じる薄い食塩水の濃度とほぼ一致していることがわかったという。実際、マウスは何も含まれない水と比較して、薄い塩化物イオンを含む水をより好んで飲むことも確かめられ、甘味と同様の「好ましい味」として塩化物イオンを知覚していることが判明したのである。
なお、塩化物イオンが甘味受容体を介して引き起こす味覚は、ショ糖などが引き起こす味覚に比べて弱いことも確認された。食塩濃度が高くなると、塩味受容体が感知する塩味の方を強く感じ、弱い味がマスクされる、味覚の混合抑制と呼ばれる現象が起こり、日頃は食塩の甘さに気づきにくくなっているものと思われるとした。
食塩は生命維持に不可欠である一方、摂取しすぎると高血圧などの健康リスクを引き起こすため、適量を摂取することが重要だ。味覚は、その食品成分を積極的に摂取しようとするか、あるいは避けて摂取しないようにするかに影響を与え、摂取する成分の門番の役割を果たす。研究チームは、今回薄い食塩水において、食塩成分の1つである塩化物イオンの味覚に対する作用がわかったことは、健康維持に重要な食塩の味覚感知を理解する上で、新たな知見を与えるものだとしている。