具体的には、不純物水素について実験的に情報を得られる数少ない手段として利用されてきた素粒子「ミュオン(μ+、Mu)に注目。ミュオンは陽子の1/9、電子の206倍の質量を持つ、Hの軽い放射性同位体(平均寿命2.2マイクロ秒)とみなすことができる素粒子で、物質との相互作用(化学的性質)という観点では、水素とほぼ同等であるため、擬水素として扱うことができるためだという。

また、物質中に注入・停止したMuの状態は、ベータ崩壊を用いて試料中の磁場の大きさやゆらぎを観測する「ミュオンスピン回転(μSR)法」により高感度検出が可能なため、Muを孤立Hの実験的なシミュレーターとして使うことができる点も特徴として挙げられるとする。

具体的には、大強度ミュオンビームを利用できるJ-PARCのMLFにてβ-Ga2O3のµSR実験を実施。その結果、ミュオンはβ-Ga2O3中でドナーとアクセプターに対応する2つの準安定状態となっていることが判明したという。

  • 室温でのβ-Ga2O3のµSR実験結果

    室温でのβ-Ga2O3のµSR実験結果。偏極が緩和を示す成分(Mu1)、およびまったく緩和を示さない成分(Mu2)が同時に存在することが判明した (出所:東工大プレスリリース)

偏極が緩和を示す成分であるMu1は、理論計算で報告されているドナーとなる水素に対応するもので、そうした水素が実際に存在しうることが実験的に示されたこととなる。一方のまったく緩和を示さない成分Mu2はアクセプター的な状態で、伝導帯と電子をやりとりしながら高速で拡散していることが判明したという。この2つの準安定状態が存在することは、先行研究で報告されているβ-Ga2O3のバンド構造に基づく「両極性モデル」からの予言とよく一致していることも判明したとするほか、ミュオンが示す2つの電子状態、特にアクセプター的Mu2の状態は、先行研究ではバックグラウンド成分と区別がつかず見落とされていたもので、J-PARC MLFにおける大強度のミュオンビームを用いることで初めて明らかになったものであると研究グループでは説明している。

  • β-Ga2O3でのミュオンの形成エネルギーとフェルミエネルギーの関係図

    β-Ga2O3でのミュオン(Muqi,q = 0,±1)の形成エネルギーとフェルミエネルギーの関係図 (出所:東工大プレスリリース)

研究グループによると、アクセプター的な状態の高速拡散は、材料の合成過程、あるいは光照射・電圧印加時などの非平衡な状況下での水素でも起き得ると考えられ、水素と他の不純物欠陥が複合体を作る原因となる可能性を示唆するものであるとしている。また、擬水素としてのミュオンからの情報と、最近提案された両極性モデルを組み合わせた研究の有効性が示されたことから、こうした今回明らかとなった知見は、今後の材料開発に大きな指針を与えると考えられ、小型でより高性能なパワー半導体の実現に向けての端緒となることが期待されると研究グループでは説明している。