まず、ヒトやマウスのBH3オンリータンパク質に似た遺伝子がハエのゲノム上にないか、コンピュータを用いた探索が行われた。同タンパク質を特徴づける配列は種ごとに多様であるため、そもそもその遺伝子を発見するのが難しいという。しかし現在、ハエのゲノム情報は以前に比べてより正確になっており、また探索手法も多様化しているため、研究チームはもう一度探索する価値があると考えたとする。そしてゲノム情報を注意深く探索した結果、ヒトのBH3オンリータンパク質と部分的に似たアミノ酸配列をコードする遺伝子が発見されたのである。

  • ヒトのBH3オンリータンパク質とハエの未知遺伝子のアミノ酸配列

    ヒトのBH3オンリータンパク質とハエの未知遺伝子のアミノ酸配列(出所:理研Webサイト)

その未知の遺伝子は378個のアミノ酸で構成されるタンパク質をコードすることが推定されたが、その機能自体は知られていなかった。そこで、同遺伝子をハエの羽の細胞で強制的に発現させることにしたという。その結果、実際にアポトーシスが観察されたとした。

  • 未知遺伝子の強制発現により誘導されたアポトーシス

    未知遺伝子の強制発現により誘導されたアポトーシス(出所:理研Webサイト)

これらの実験により、同遺伝子が従来ハエでは長らく存在しないことが定説とされてきたアポトーシスを引き起こす遺伝子である可能性があったことから、研究チームはこの遺伝子を「サヨナラ(sayonara)遺伝子」と命名した。

哺乳類や線虫のBH3オンリータンパク質が担うアポトーシスの制御機能には、BH3モチーフという特定の領域が重要であることがわかっている。そこで、BH3モチーフの配列を除去したサヨナラ遺伝子をハエの羽に強制発現させたところ、アポトーシスが起きないことが確認されたという。

また、同タンパク質とアポトーシス関連因子の「BCL-2ファミリータンパク質」は、協調的に働くと考えられている中、サヨナラ遺伝子によって作られる「サヨナラタンパク質」もBCL-2ファミリータンパク質と協調的に働くことが、遺伝学的な解析から確認できたとする。さらに、BCL-2ファミリータンパク質とサヨナラタンパク質はBH3モチーフを介して結合していることも、光クロスリンク法を用いた解析から示されたという。

  • サヨナラ遺伝子によって作られるサヨナラタンパク質の立体構造

    サヨナラ遺伝子によって作られるサヨナラタンパク質の立体構造(出所:理研Webサイト)

これらの実験結果から、サヨナラ遺伝子が、ハエで存在しないとされてきたBH3オンリータンパク質をコードする遺伝子であることが証明されたとした。

研究チームによると、今回の研究成果における最大の意義は、従来の定説を覆し、ハエ・線虫・哺乳類でアポトーシスの起こる仕組みが、予想されていた以上に似ていることが示されたことだという。これは、現在教科書に記されている細胞死の記述を書き換える学術的発見とする。

これまでハエ・線虫・哺乳類での研究が、細胞死の仕組みの理解につながってきたように、今回発見されたサヨナラ遺伝子の機能をさらに詳細に解析していくことで、将来、哺乳類を含めた普遍的な細胞死における分子機構の解明につながるものと期待できるとした。