宇宙飛行士の緊急脱出の手段は?
ソユーズMS-22が使用不能になったことで沸き起こったもうひとつの大きな問題が、緊急脱出の方法である。
万が一、ISSを放棄せざるを得ないような重大な事態が発生した場合、滞在している宇宙飛行士は基本的に、乗ってきた宇宙船で緊急脱出することになっている。
クリカレフ氏によると、そのような緊急事態が発生した場合には、引き続きソユーズMS-22を使用する可能性もあるとしている。ISSを放棄せざるを得ないような事態であれば、ソユーズMS-22のほうがまだ安全なのは事実であろう。また、着陸地点を選ばない緊急帰還モードであれば、温度や湿度が上がりすぎる前に地球に着陸することも可能であり、前述の冗長性もあって、緊急脱出用としてであればソユーズMS-22が使えるというのは間違いではないだろう。
また、NASAとロスコスモス1月13日、より安全性の高い脱出方法として、ロシアのプロコピエフ、ペテリン宇宙飛行士はソユーズMS-22に乗せる一方、NASAのルビオ宇宙飛行士はISSにドッキング中のクルー・ドラゴン宇宙船運用5号機(Crew-5)に乗せるという、分乗で解決する計画が発表された。
NASAやロスコスモスは、2人だけ乗せるのであれば熱負荷が軽減でき、温度や湿度が限界値まで上がるまでに余裕が生まれると説明する。
一方クルー・ドラゴンは、基本的に定員4人で運用されているが、本来は最大7人まで搭乗できるように設計されており、空調や空気、水などの余裕はある。懸念となっていたのは座席と船内宇宙服で、現在のクルー・ドラゴンCrew-5にはもともとのクルー4人分の座席と船内宇宙服しかないが、ルビオ宇宙飛行士のソユーズ用座席をクルー・ドラゴンに移設することが可能であるとともに、ソユーズ用の船内宇宙服でも問題なく乗り込めることを確認したとしている。
座席を移設する作業は1月17日から18日にかけて実施するという。
NASAはすでに昨年12月30日から、クルー・ドラゴンを運用するスペースXに対し、緊急時に追加の宇宙飛行士を乗せて地球に帰還させることができるかどうかを問い合わせ、実現の検討を始めたことを明らかにしており、その成果が発揮されたものとみられる。
なお、交換用のソユーズMS-23がISSに到着したあとは、同機を緊急脱出用として使うことになる。そのため、ルビオ宇宙飛行士の座席はクルー・ドラゴンからMS-23へ移され、またロシアの宇宙飛行士2人の座席もソユーズMS-22からソユーズMS-23へ移されることになる。
穴が開いた原因は?
1月11日の記者会見ではまた、ソユーズMS-22のラジエーターに穴が開いた原因の調査状況についても報告された。
クリカレフ氏によると、調査の結果、ラジエーターに開いた穴は、マイクロメテオロイド(微小隕石)が毎秒約7kmで宇宙船に衝突したために引き起こされた可能性が最も高いと結論付けたとしている。地上での試験でその仮説は確認されたという。
なお、事故発生時の前後に極大を迎えていた、ふたご座流星群の発生源である宇宙塵(ダスト)の衝突という可能性は、飛来方向などの観点から除外されている。
また、スペース・デブリ(宇宙ごみ)が衝突した可能性も低いとした。これは、衝突時の速度から、地球を周回するデブリとは考えられず、深宇宙から惑星間軌道で飛来するマイクロメテオロイドと考えるほうが自然だからだという。
さらに、製造時の品質不良である可能性も低いという。クリカレフ氏は「組み立て時の記録などを調査した結果、それ(品質不良)を裏付けるものはなにもありませんでした」としている。
ただ、予防措置としてソユーズMS-23のラジエーターを「ダブルチェック、トリプルチェック」したとし、問題がないことを念入りに確認したという。
NASAのモンタルバーノ氏も、「すべての情報が、マイクロメテオロイドが衝突した可能性を示しています。これまでのところ、ロスコスモスと見解は一致しています」とした。
クリカレフ氏はまた、ソユーズMS-22のラジエーターを船外活動で修理する可能性についても否定した。クリカレフ氏によると、船外活動でソユーズMS-22に近づくことは難しく、またラジエーターの穴を塞いだり、冷却材を再補充したりするのは困難でリスクが高いとし、「新しい宇宙船を打ち上げて交換するほうが、リスクははるかに少ないです」と説明している。
残る懸念と、希望の光
ISS史上最大の危機のひとつとも称された今回の事態は、解決に向けて動き出した。しかし、依然として懸念は残っており、ソユーズMS-23が着陸するそのときまで安心はできない。
懸念のひとつは、ソユーズMS-23の打ち上げを約1か月も前倒しするという点である。製造開始直後ならまだしも、本来の打ち上げ予定日まであと2か月という段階で、1か月も短縮するのは簡単なことではない。作業時間の増加、あるいは試験、検証項目の削減などが行われるようなら無理が生じ、ソユーズMS-23やそれを打ち上げるロケットでトラブルが発生する可能性が高まる。
また、ソユーズMS-23を無人でISSにドッキングさせるのにもリスクがともなう。ソユーズとISSとのドッキングには「クールスNA」と呼ばれる自動ランデブー・ドッキング・システムを使用するが、信頼性が低く、たびたびシステムがシャットダウンしたり誤作動したりする事態に見舞われている。その場合には、中に乗っている宇宙飛行士が手動で操縦してドッキングさせるが、無人のソユーズMS-23ではそれができない。
こうした場合に備え、ソユーズには「TORU」と呼ばれる、ISSから宇宙飛行士が遠隔操縦してドッキングさせるシステムが装備されているが、あくまでクールスNAのバックアップと位置づけられており、また操縦時の遅延が大きいこともあって、あまり使用は好まれていない。
そして最大の懸念は、ソユーズMS-23の到着までの脱出手段である。たとえばルビオ宇宙飛行士の座席をクルー・ドラゴンCrew-5に移設する前に、ISSに深刻な事態が起きた場合には、3人の宇宙飛行士はソユーズMS-22で脱出することになる。たとえ2人だけ乗ることになったとしても、手負いのソユーズMS-22で本当に無事に脱出し、地球に帰還できるのか、不安の種は尽きない。
現時点で、宇宙飛行士の命に危機が迫っているわけではないのは、まさに不幸中の幸いであるが、今回の事態は有人宇宙活動のリスクの高さを、あらためて知らしめることになった。
一方、この事態に対し、NASAとロスコスモスが密接に協力していることは明るい側面といえよう。
ロシアのウクライナ侵攻以来、米国はロシアに経済制裁を加え、ロスコスモスはISSからの撤退を匂わせるなど、宇宙分野でも両国の関係は悪化した。それでもISSの運用は続き、今回の事故においてもお互いが協力し、原因の調査や脱出方法の立案が進められた。
とくに、ソユーズの座席をクルー・ドラゴンに移設するにあたっては、両者が設計図などを持ち寄り、協力して検討を重ね、安全性などの評価が行われたはずであり、ここ最近の両国の宇宙分野での関係性を考えると、これは驚くべきことである。まさに国際協力の価値、意義が発揮された好例であり、そして協力すればどんな困難も乗り越えられるのだということを示す、小さくも明るい希望の光となった。
まずはソユーズMS-23が、プロコピエフ宇宙飛行士らを乗せて無事に帰還することが大前提だが、その先に、災い転じて福となす未来が訪れることを願いたい。
参考文献
・[VK Roskosmos(https://vk.com/wall-30315369_566423)]
・VK Roskosmos
・International Space Station Operations, Soyuz Status Update - Space Station
・Spacewalk Preps Continue as Soyuz Seat Move Planned as Precaution - Space Station
・Media Briefing: NASA Media Update on Space Station Plans, Soyuz Status - YouTube