しかし、広いエネルギー範囲で電子状態の空間分布を調べたところ、エネルギーによってその方向が90度回転するストライプ状の構造が観測された。ストライプの間隔はニッケル原子の間隔に対応しているので、原子の周期に関する対称性は保たれており、回転の対称性だけが選択的に破れていたことから、電子ネマティック状態に期待される振る舞いだとした。
さらに、電子状態の空間分布がフーリエ変換で処理され、電子の運動量とエネルギーの関係が分析された。同方法で求められる、直交する2つの方向に進む電子に関する運動量とエネルギーの関係をグラフ化したところ、BaNiS2の電子ネマティック状態は、直交する2つの方向で特定の運動量を持った電子のエネルギーに差が出る点が、その特徴であることが明らかにされた。
研究チームによると、対称性の破れが、小さなエネルギーでは目立たず、高いエネルギーで著しくなることは珍しいという。このことから今回は、鉄系超伝導体の電子ネマティック状態を解析するために考案された電子相関の効果を取り入れた理論手法が、BaNiS2に適用された。すると、特定の運動量を持った電子に電子ネマティック状態の効果が強く現れるという観測結果を完全に再現できたとする。つまりBaNiS2では、結晶構造の対称性に起因する質量のないディラック電子と、電子相関によって現れる電子ネマティック状態(あたかも液晶のように振る舞う状態)が共存する物質であることが解明された。
とはいえ、BaNiS2では電子相関の効果がまだ弱く、ディラック電子との協奏効果は明らかではない。ニッケルをコバルトで置換すると電子相関の効果が増大することが知られており、未知の電子状態の実現が期待されるとした。
BaNiS2のディラック電子には結晶構造の対称性が関係しているが、電子状態のトポロジーに関係したディラック電子も存在する。この場合、質量がゼロであるだけでなく磁気的性質も特異で、超伝導との協奏によってマヨラナ準粒子が生み出されることが予測されている。研究チームは、今後、対称性・トポロジーと電子相関が両立する物質のバリエーションが増えれば、量子計算をはじめとするさまざまな分野の発展に役立つ可能性があるとした。