次に、不軌道性移動を行う細胞の詳細な観察が実施された。すると、特に脳表層付近では比較的直線的な移動が目立つようになったという。そこで血管が光るマウスを用いて観察がなされたところ、多くが血管に沿って活発に移動していることが発見された。つまりアストロサイト前駆細胞は、この血管ガイド移動と不軌道性移動を使い分けながら、脳表層へと移動・拡散することが示されたのである。こうした移動様式は、生きたマウス胎児の頭蓋に小さな窓を開けて2光子レーザー顕微鏡で観察した際にも確認されたとする。

  • 脳発生過程におけるアストロサイト前駆細胞の移動

    脳発生過程におけるアストロサイト前駆細胞の移動(出所:生理研Webサイト)

血管ガイド移動は神経細胞には見られない移動方法であるため、両者の網羅的遺伝子発現解析が行われた。するとその分子機構として、血管細胞から分泌される誘因性活性を有する「Cxcl12」に対し、アストロサイト前駆細胞はその受容体「Cxcr4」および「Cxcr7」を発現して血管に引き寄せられる可能性が見出された。実際、これら受容体の機能阻害により、血管ガイド移動が阻害され、さらに脳表層側に配置するアストロサイトが少なくなったという。

また、そのシグナル経路の下流で「インテグリンβ1」が働くことも見出され、その阻害によっても、同様の効果が認められたとする。こうした観察から、アストロサイト前駆細胞の血管ガイド移動は、同細胞の灰白質内での配置に重要であることが示された。

今回の研究成果により、これまで不明だったアストロサイトの発生機構の一部が解明された。研究チームによると、発生期に起源があるとされる脳の病態の報告は多いが、アストロサイトは神経細胞のネットワーク形成に重要な役割を果たすため、今後、神経細胞そのものの異常ではなく、アストロサイトの発生異常に基づく病態が明らかになることが期待されるという。

また脳が成熟すると、アストロサイトは血管を取り囲み、細菌などが侵入しないための「血液脳関門」と呼ばれる構造を形成する。同構造は、脳内環境を一定に保つことに極めて重要で、それがアストロサイトの機能低下や産生数の減少によって破綻すると、てんかんや認知機能の低下など、さまざまな障害が生じることが知られている。今回の研究は、このようなアストロサイトの発生異常による脳血管障害の理解にも道を開くことが期待されるとした。