具体的には、作成されたモデルマウスの認知機能の評価を目的に、代表的な試験方法の1つである「Y字型迷路試験」が行われた。同試験では、マウスの空間作業記憶(特定の課題を完遂するまでの一時的な情報記憶)を評価することが可能で、正常なマウスでは、すでに訪れた走路を記憶し、訪れていない走路を選択する傾向があるため、自発的交替率が高くなるという。
実験の結果、モデルマウスでは、コントロール(正常な)マウスに対して、自発的交替率が著しく低下していることが確認されたとするほか、オキシトシンが脳室内投与されたモデルマウスでは、自発的交替率が有意に上昇し、コントロールマウスと同程度にまで回復することが確認されたという。
また、オキシトシン投与の前にオキシトシン受容体拮抗薬の投与が行われたところ、改善効果が消失してしまうことも確認。このことは、空間作業記憶について、オキシトシンは受容体を介してモデルマウスの認知行動障害を改善することを示すものだとする。
さらに、「モリス水迷路試験」が実施され、マウスの空間参照記憶(全試行にわたって有効な情報記憶)の評価を実施。この試験は、正常なマウスは、泳ぎながら試行を繰り返すうちに水面下にある足台の位置関係を学習するため、そこに早く到達できるようになるというもので、実験の結果、モデルマウスでは、コントロールマウスに対して、足台までの到達時間が顕著に長いことが確認された一方で、モデルマウスにオキシトシンを脳室内投与した場合は到達時間が有意に短縮され、ここでもコントロールマウスと同程度にまで回復することが確かめられたとしている。
加えて、モデルマウスでは、コントロールマウスに対して遊泳距離が著しく長くなったが、オキシトシンを投与したものでは、有意に短縮されたことも確認されており、空間参照記憶についても、オキシトシンはモデルマウスの認知行動障害を改善することがわかったとする。
しかし脳室は脳の中心部に位置しているため、ヒトへの応用を考慮すると非常に侵襲的な方法のため、ほかの投与方法として経鼻投与も試行された。そしてオキシトシンの経鼻投与が行われたところ、認知行動障害に対する改善効果は見られなかったという。
そこで、脳内への移行性を向上させるため、特定のアミノ酸配列を付加することにより誘導体化したオキシトシンが作製された。この誘導体化オキシトシンの経鼻投与が実施されたところ、Y字型迷路試験において、モデルマウスの低下した自発的交替率を改善することに成功したとする。
そして、FITCで標識することにより、誘導体化オキシトシンが経鼻投与後に脳内のどこに分布するかが調べられたところ、海馬および視床下部傍核においてFITCのシグナルが検知されたことから、誘導体化オキシトシンは、鼻腔から吸入された後は効率よく脳内へ移行することが判明したという。
なお、この誘導体化オキシトシンは、非侵襲的な投与方法の経鼻投与でも効率よく脳内に移行し、認知機能の障害を改善することから、同物質がアルツハイマー型認知症の治療薬となることが期待されると研究チームでは説明している。