理論上、この分子のΔESTは多数の電子配置間の相互作用により、負になることが考えられるとする。二電子三軌道を例とすると、パウリの排他原理により、一重項の二電子励起配置は3種類、三重項の二電子励起配置は1種類となる。このように、一重項の方が、取り得る二電子励起配置の数が多いため、配置間の相互作用によってエネルギー的により安定化され、これが候補分子においては、交換相互作用などによる三重項の安定化を上回り、ΔESTが負になることが考えられると研究チームでは説明する。

また候補分子のうち、実際に「HzTFEX2」が合成され、光物性の評価を行ったところ、HzTFEX2が一重項励起状態と三重項励起状態間の可逆的な項間交差を介して起こる遅延蛍光を示し、その発光寿命は217ナノ秒ほどであることが確認されたとするほか、通常の熱活性化遅延蛍光材料の発光寿命は低温において長くなるのに対し、HzTFEX2はその逆で、低温において遅延蛍光が短寿命化することも確認されたとする。これは、発光可能な一重項励起状態が、発光不可の三重項励起状態よりも低エネルギーであり、低温において一重項励起状態の占有密度(ポピュレーション)が増大するためと考えられるとしており、この遅延蛍光の温度依存性から、ΔESTは-11meVと実験的に決定されたともしている。

  • 今回開発された材料の溶液中の発光の様子

    (左)今回開発された材料の溶液中の発光の様子。(右)その分子構造(青:窒素、赤:酸素、水色:フッ素) (出所:阪大Webサイト)

さらに、HzTFEX2を発光層に用いた有機ELにおいて、外部量子効率が17%(内部量子効率85%に相当)に到達したことから、電流励起で生じた三重項励起状態を発光に利用していることが実証されたという。

  • 熱活性化遅延蛍光材料の発光メカニズム

    (a)熱活性化遅延蛍光材料の発光メカニズム。室温の熱エネルギーによって、三重項励起状態が高エネルギーの一重項励起状態に変換され、遅延蛍光が生じる。(b)負のΔESTを持つ、今回開発された新材料の発光メカニズム。三重項励起状態が低エネルギーの一重項励起状態に速やかに変換され、遅延蛍光が生じる (出所:阪大Webサイト)

なお、今回の成果について研究チームでは、教科書の新たな1ページになり得る基礎科学として重要な発見だとしているほか、持続可能社会を支える省エネルギーな有機ELディスプレイや照明の開発につながることが期待できるともしている。