人工授精よりも妊娠率が約7~10倍高い体外受精が選択可能に

また、同医院では、一般公募と併せて非配偶者間の体外受精および顕微授精も開始し、これにより、無精子症などの精子提供が必要な夫婦は、人工授精(AID)よりも妊娠率の高い体外受精(IVF-D)を選択できるようになった。

人工授精が子宮の入り口から管を入れて提供精液を子宮内へ直接注入する方法なのに対し、 体外受精は、卵子を卵巣から採取し、体外で提供精子と受精させ、再び女性の体内に戻す方法だ。

  • 人工授精(AID)と体外受精(IVF-D)の治療法の違い

    人工授精(AID)と体外受精(IVF-D)の治療法の違い(出典:はらメディカルクリニック)

体外受精を選択することでの妊娠成功率へのインパクトについて同医院は「妊娠成績という点において非常に大きいと思います。日本産科婦人科学会が公表する日本全国平均では、人工授精の妊娠率は約4%(日本産科婦人科学会令和2年度倫理委員会 登録・調査小委員会報告)です。しかし、体外受精(IVF-D)の場合には、女性の年齢によりますが、約27%~44%(日本産科婦人科学会2019年報告)の妊娠率が見込めます。

これまで100人に4人しか妊娠しなかった治療が、27人~44人妊娠することになります。また、貴重な提供精子を有効的にシェアできるという側面でもインパクトがあります。

人工授精の場合は、提供精子を子宮に注入するところまでしか医療介入ができないため、多くの精子数が必要になります。しかし、体外受精の場合は、受精工程まで医療介入できるため、必要な精子数は限定的です。そのため、精子提供者が提供してくれる精液を約3回分に別けて凍結し使用することができます。なお、1人の精子提供者から生まれる子どもの人数は10名までと管理しますので、提供精子をシェア利用するからといってその提供者から生まれる子どもが増えるわけではありません。精子提供者はこれまでよりも少ない来院回数(凍結回数)でも多くの患者に提供ができるという有効性です」としている。

提供精子は貴重であり、体外受精を希望しても順番待ちの状況のため、1回目が上手くいかない場合に、2回目ができるのは数年先という状況だ。

そのため同医院では、1回の施術効果をなるべく高めるために、提供精子による受精方法はICSI(顕微授精)を選択している。かつ、ICSIの中でも妊娠率が高い最新の方法である「PIEZO-ICSI(ピエゾイクシー)」※3を実施。PIEZO-ICSIはコンベンショナルICSIより高度な方法であり、人材も機器類も追加仕様を要するが、同医院では状況の切迫性を勘案し、追加費用なしでPIEZO-ICSIによる治療を受けられるという。

  • PIEZO-ICSI(ピエゾイクシー) の説明

    PIEZO-ICSI(ピエゾイクシー) の説明(出典:はらメディカルクリニック)

ただし、体外受精には非匿名の提供精子を使用するため、同医療をうける夫婦は子どもへの告知が必須となる。その準備のため、同医院では「“当事者家族の会”に子どもが6歳になるまでに最低1回以上は参加できること」も治療の条件とし、当事者家族の会を定期的に行う予定だ。

多様性のある家族の支援を行ってきた関西の児童福祉の専門家に指導を受けながら、同医院の医師・看護師と、同様のケースの当事者であり他者の支援も行っている夫婦を交えての開催を計画しているという。

子どもの出自を知る権利の法整備が課題に

これらの同医院の取り組みに際し、課題などはあるのだろうか。

同医院によると「生まれる子どもの出自を知る権利に関する法整備がされていないこと」が課題だという。

2022年4月から、不妊治療の保険適用が施行されたが、今回は「提供卵子・精子」による治療は適用が見送られた。その理由の1つとして、生まれる子どもの出自を知る権利に関する整備がされていないことが挙げられている。

また、同医院が開始した取り組みに際しても、各学会などからもさまざまな意見があったといい、主な議題は子どもの知る権利の保全に関してだったという。

そのため、同医院ではこれらの課題の解決を図るべく、自民党の片山さつき議員らに「提供精子による早期の法整備と体外受精に関する要望書」を提出するなどの働きかけを行った。

  • 子どもの知る権利を保全する機関設立に関する要望書を手渡す、宮﨑薫 院長と自民党、片山さつき議員

    「提供精子による体外受精に関する要望書」 を手渡す、宮﨑薫 院長と自民党、片山さつき 議員(提供:はらメディカルクリニック)

提供卵子・精子による生殖補助医療における法整備としては、2020年12月にこの医療で生まれる子どもは、遺伝的繋がりがなくても夫婦の子どもであるという家族関係を明確にする法律が制定された。

しかし、この時に子どもの出自を知る権利の法整備についてはなされず、2022年12月を目途に検討することとなっている。

同医院は、「保険適用されないという費用的な負担以外に、自分達夫婦の存在を否定されているような精神的負担を感じるという声を患者から聞いています。今回の不妊治療の保険適用も、深刻な状況を鑑み、一気に適用まで進めていただきましたので、残る課題においても早期での改善を希望しています」としている。

なお、一般公募で提供された精子を用いた体外受精治療は2022年8月に開始される予定だが、治療希望者が多いため、順番に治療を実施していき、現在の希望者全員に提供精子の体外受精が行えるのは1年~2年先になるという。

文中注釈

※1:はらメディカルクリニックが定めている精子提供のための条件は以下。 「たばこを吸ったことがない、あるいは、喫煙歴が合計1年以下であり、過去3か月以内ではないこと、麻薬や覚せい剤などの使用歴がないこと、犯罪歴がないこと、精子所見が良好でありWHOの基準を満たしていること、B型肝炎、C型肝炎、エイズ検査(HIV1/2)、梅毒、HTLV1、クラミジア検査がすべて陰性で、既往もないこと、50歳以下で亡くなった3親等以内の血族が2名以下であること、本人と3親等以内の血族の家族歴から特定の遺伝性疾患、先天性疾患、難病指定の疾患における家族歴がないこと、生命倫理観を持ち社会的配慮があること、精子提供における倫理観について自分の意見をもっていること、精神疾患の既往がないこと安定していること、他の精子バンクで精子凍結をしていないか、他の精子バンクですでに精子の凍結をしている場合はその凍結バイアル数が2バイアル以下であること、配偶者がある者は、配偶者の同意も必要とすること」 なお、同医院のホームページにも記載がある。

※2:同医院では、面談後、本人が自分の意志を検討するための冷却期間を設けており、その期間を経て最終的に自らの意思で精子提供者として登録を完了した人に占める非匿名の割合を指す。

※3:PIEZO-ICSIは、微細な振動を加えることで卵の周りの膜を穿破し、細胞質を吸引することなく精子を細胞質に注入する方法で、卵への負担が少ないことから受精卵の発育率に有意差が確認されていることから、同医院ではPIEZO-ICSIによる治療を追加費用なしで行うこととしたという。