渚にて
報道陣はその後、本社からほど近いところにあるロケット発射場「LC-0 (Launch Complex-0)」へ案内された。同施設は大樹町が保有しており、ISTが借用しているという位置づけにある。
工場、組立棟から射場までの距離は約7.5km。この近さは世界屈指であり、造ったロケットをすぐに打ち上げられるというのは同社の大きな売りのひとつにもなっている。道路の状態も、途中砂利道はあるものの比較的良好で、道幅も広い。冬期も雪かきすれば問題なくロケットの輸送ができるという。
目立つ人家もコンビニもない、荒涼とした大地を走り抜けた先に、突如として人工物が現れる。まるで映画『渚にて』の、あのコーラ瓶のあのシーンかと思うような場所である。
目と鼻の先には海岸線が広がる。波は高く、海岸線沿いには消波ブロックがうず高く積み上げられ、それが延々と続き、北海道の厳しい環境をまざまざと見せつけている。エメラルド・グリーンの海に面し、サーフィンもできる種子島宇宙センターとはまったく異なる印象を受ける。
この発射場は、もともと防衛省のジェットエンジン実験場として使われていた場所を再活用する形で建設された。そのため、海岸沿いにありながら地面はしっかり補強されていたという。ただ、水道や電気などのインフラはなく、発電機などを使い自給自足しているという。トイレも工事現場にあるようなものしかない。
LC-0の敷地は、大きく「実験場」と「射点」に分かれている。実験場では、横置きしたエンジンの中規模~大規模な燃焼試験や、電子装置の試験などを行っている。とくに、エンジンの音を遮るための大きな防音壁や、噴射ガスを逃がすフレーム・ディフレクターが目立つ。
射点は、文字どおりロケットを発射する場所で、打ち上げ時の生中継などでもおなじみの施設である。
普段は、土台となる鉄板と、発射時に燃焼ガスを逃がすための富士山型のフレーム・ディフレクターがあるだけで、非常にすっきりとしている。打ち上げ時には、後述する組立棟でロケットを移動式の発射装置に載せ、この射点へ運び、そして立て、推進剤の充填などを経て発射する。
スポンサーの看板などがある目立つ建物は、「テストスタンド(試験台)」と呼ばれる施設である。テストスタンドでは、ロケットエンジンを縦に置いた状態での燃焼試験のほか、MOMOの実機型統合燃焼試験(CFT:Captive Firing Test)を行う。
射点の近くには組立棟と呼ばれる建物がある。前述のように、新工場ができる前のMOMOは射場で組み立てられており、その際に使われていた建物である。現在では、新工場で完成済みのMOMOの機体を移動式発射台に載せる際に使う建物となっている。
こうした施設・設備は、ISTで手造りしたものもあれば、地元の企業が手掛けたものもある。
たとえば発射装置は手造り感あふれる内製で、ロケット打ち上げの低コスト化、高頻度化につながっている。
一方、エンジンの燃焼試験の音を抑えるための防音壁は地元の製作所が建設。組立棟も地元企業が建てたもので、このあたりの農家でよく見られる、飼料や農機具などを保管しておく倉庫と同じ造りで建てられている。すべてを内製にこだわらず、ケース・バイ・ケースで地元企業へ外注することで、よりいいものをより安く造ったり、地元への金銭面、人材育成面での還元が図られたりしている。
LC-0で各種試験やMOMOの打ち上げが行われている一方で、それに隣接する形で、ZEROの打ち上げや試験に使う「LC-1(Launch Complex-1)」の建設に向けた動きも始まっている。北海道スペースポート(HOSPO)の主導により今年中にも着工し、完成は2023年度に予定されている。
また、2025年度にはさらに別の「LC-2(Launch Complex-2)」も完成する予定となっている。ZEROだけでなく、他の企業のさまざまなロケットも次々に打ち上げられるようになるとともに、この周辺の景色も、まさにSF小説に出てくる宇宙港そのものへと大きく変わっていくことになろう。
射場からふと空を眺めると、その先の宇宙が、宇宙ビジネスの新たな市場が、そしてまだ見ぬ恒星間空間への冒険が目に浮かんだ。ここは大樹町の渚であると同時に、宇宙という大海原に面した渚でもある。その大海原への航海は、もう始まっている。