実験は、老若男女が混在した49人の歩行者が、障害物が設置された細長い部屋から退室するという内容で、さまざまな密度のバリエーションを作るため、障害物の大きさや配置場所を変えて複数回にわたって行われた。
また集団内の歩行者の位置と混雑感の関係を調べるため、スタート位置からゴールの出口に向かって歩行者を相対的に3グループ(前方、中盤、後方)に分けて、すべての実験で歩行者の振る舞いを上方からカメラで撮影した後、モーショントラッキングソフトウェアを用いて歩行者の時系列軌跡データを取得し、速度と局所密度の計算が行われた。
さらに、混雑感を定量化する心理指標を得ることを目的に、各実験で全歩行者に対する出口から出た後のアンケート調査(混雑間の評価)も実施されたほか、密度について包括的に調べることを目的に、広く用いられてきた4種類の局所密度も計算されたという。
実験の結果、歩行者の主観的な混雑感を推定する上で、4種類の局所密度よりも速度の方が優れていることが判明したという。実験からは密度が大きいほど混雑感も大きくなるという従来の研究と同様の関係も得られたが、歩行速度が小さくなるほど混雑感が大きくなるという関係の方が(相関係数がより大きいという意味で)より明確に観測されたとする。
その原因として、低密度にも関わらず低速度の歩行者が存在し、かつ、これらの歩行者が最も高い混雑感が示されたことが挙げられるという。つまり、従来研究で前提とされていた密度と速度の負の線形相関性は、厳密に成立しているわけではなく速度と密度の不一致が生じ、混雑感に関して密度と速度で異なる結果が出たとする。
この低密度低速度の歩行者は、多くが後方のグループに属しており、この結果について、混雑した前方の集団と距離を取るため、ゆっくりと歩かざるを得なかったことから、低密度低速度の歩行者は、周りの局所密度が低くても強く混雑を感じたことが考えられると研究チームでは説明している。
また、性別や年齢によって歩行者を層別し、それぞれの属性の影響も調べたところ、同じ集団内で歩いていたにもかかわらず、通常の歩行速度が一般に高い男性と若者は、低い女性と高齢者よりも混雑を感じやすいことが明らかになったともしている。
研究チームでは、これらの結果を踏まえると、単に局所密度ではなく、自身の実際の歩行速度と理想的な速度とのギャップによって歩行者は混雑を感じるとする新たなメカニズムが示唆されたとしている。
なお、今回の研究成果について、密度で混雑感を分類する従来学説の問題点を指摘し、それを補うための新たなメカニズムを提案、現実社会の群集マネジメントに資するものだとする。また、最近の画像解析技術やLiDARなどのビデオ以外のセンシング技術の進歩により、速度の測定はこれまで以上に容易になるため、たとえば実際の歩行施設の混雑感測定や、混雑を感じている人が特に多い場所をリアルタイムで特定することも可能になることが考えられるとするほか、数理シミュレーションと組み合わせることで、設計中の歩行施設や実施予定のイベントにおける混雑感の事前の予測に役立てることも期待されるともしている。