まず、動きの曖昧さを操作する視覚刺激として、小さい点がいくつか提示され、それぞれの点は上下またはランダムに動く仕掛けを用意。ヒト被験者は、この刺激が提示されたとき、点全体の動きの方向によって、ボタンを押すか、ボタンを押さない(つまり反応の抑制)かを判断することが要求され、これらをそれぞれGO試行とNO-GO試行とし、それぞれにおける脳の活動が機能的MRIで測定された。
その結果、点の動きの曖昧さが高くなると、動きの知覚が難しくなるため間違いが増えることとなった。ただし、ここで重要なのは単に間違えたということではなく、間違いの増え方が、GO試行よりもN0-GO試行で大きかったことだという(統計的交互作用)。このことは、知覚の曖昧さが高くなることにより、反応抑制自体が困難になることが示されたものであるという。
この「知覚の曖昧さに伴う反応抑制の難しさの上昇」(統計的交互作用)に関連した脳領域の探索が行われたところ、上側頭溝の同定に成功。この領域の活動は、知覚が容易なNO-GO試行でより大きくなっていたほか、この領域は、NO-GO試行が成功したときにも大きくなっていたことが確認されたという。
また、NO-GO試行では右の前頭前野の活動が大きくなり、点の知覚の曖昧さが低いときには、上側頭溝の後部にある後頭側頭皮質の中側頭領域の活動が大きくなることも確認されたことから、これら2領域と上側頭溝の信号伝達の様式が調べられた結果、知覚の曖昧さが低いときには、中側頭領域から上側頭溝を経由して前頭前野に反応抑制の信号が伝達される「ボトムアップ信号」が生じることが判明したほか、曖昧さが高くなると、この信号の伝達方式が逆転し、前頭前野から上側頭溝と中側頭領域への「トップダウン信号」となることが判明したという。
これらの結果は、反応抑制が、外界から重要な情報を抽出する知覚的意思決定に依存していることを示すものであると研究チームでは説明するほか、上側頭溝が、反応抑制に関わる右前頭前野と、知覚的意思決定に関わる後頭側頭皮質の中継領域となり、視覚情報から認知の制御情報への変換において重要な役割を果たしていることを示唆しているともしている。
なお、研究チームは先行研究で、知覚的意思決定が関わる「行動の柔軟性」において前頭前野と後頭側頭領域の機構に関する論文を2本発表している。行動の柔軟性と反応抑制は、主要な認知の制御機能として知られており、研究チームの論文三部作は、脳活動を計測してヒトの知覚的意思決定と認知の制御の関係を調べる枠組みが科学として成立することを示し、1つの道標としたとする。今後は、この三部作の再現性と信頼性の検証をしていきたいとしているほか、関連する分野の研究者が一連の結果を追試し、この分野が発展することを期待しているともしている。
また、一連の結果をつぶさに眺めてみると、新たに疑問が生じ、解くべき重要な問題が多くあることに気づくともしており、今後はこれらの問題を地道に解決し、結果を積み上げながら「自分は何か」という人類にとって究極の問題の解に現代科学の方法で近づきたいと思っているともしている。