具体的には、まず実験参加者に対して、実際には共行為者が存在しないにも関わらず、共行為者が発する音(パソコンのキーボードを押す音、椅子が軋む音、服の衣ずれの音)を、空間情報を含めて提示可能な動的バイノーラル合成(バイノーラル再生)による仮想環境を構築。このような仮想環境を構築することで、実験参加者に対して、視覚情報を排除した上で、隣にいる共行為者が発する音を共行為者が本当に存在するかのように空間情報を含めて提示することができる環境を用意した。
実験参加者は16名(22~25歳、女性7名男性9名)でランダムに8名ずつのグループAとBに分けられた。実験では、参加者内要因として課題タイプ(単独/共同)と空間一致性(一致/不一致)、参加者間要因として聴覚提示(空間情報なし/あり)、の3要因が設定された。
実験の結果得られた反応時間を分析した結果、空間情報のあるパートナー音と応答音が提示されたグループBの共同条件のみで、空間一致試行で空間不一致試行よりも応答時間の平均値が有意に短いことが確認された。これは、パートナー音と応答音を空間情報なしで提示してもSSEは誘発されず、空間情報ありで提示した場合にSSEが誘発されたとことを意味し、他者の存在に関わる音の空間情報がSSEの誘発、要は他者の実在感を得る上で必要不可欠な役割を果たしていることが示されたと研究チームでは説明している。
また今回の研究結果については、VR環境での他者の実在感を含めたユーザーの体験に対して聴覚空間情報が行動学的レベルにおける影響の証拠を示すものであり、聴覚情報のみでヒトに他者が「そこにいる」と感じさせるために空間情報が必要不可欠であることを示唆しているとする。
今回の研究結果によれば、モノラルやステレオ再生を採用する遠隔コミュニケーションシステムでは、ユーザー同士が互いを「そこにいる」と感じられないことが示唆されたという。しかし、空間的な聴覚情報を提示可能なバイノーラル再生技術やそのほかの技術を利用して、空間情報を含めて他者の存在に関わる聴覚情報を提示すれば、遠隔コミュニケーションシステムやVR環境においてユーザー同士が互いに「そこにいる」と感じることが可能となり、より実環境での体験に近いものにできることが考えられるともしているほか、今回の研究ではVR環境での「音」に焦点が当てられたが、今回の実験手法は、建築空間などの実際の場において、人々がより良いコミュニケーションを行うためにその音環境はどうあるべきか、という疑問への取り組みへの応用にも可能と考えられるともしている。