新型コロナウイルス感染症の流行は、多くの企業にとって働き方やオフィスの意義を見直す契機になったのではないだろうか。特に、テレワークの導入や出社率の制限などにより、オフィスワークのあり方については見直しを余儀なくされた。

ザイマックスが首都圏の企業を対象に実施した調査の結果によると、約3割の企業がオフィス戦略の見直しに着手しており、今後着手する予定だという企業も含めると6割を上回るという。

こうした状況の中で、世界的に見えてきたコロナ禍でのオフィスデザインの変化や国内でのオフィス移設の事例について、ヴァン・ダー・アーキテクツジャパンの代表取締役を務める建築家のヴァン・ダー・リンデン マーティン氏に話を聞いた。

-コロナウイルスの世界的な流行を受けて、オフィスの様子はどのように変わりましたか

マーティン氏:私たちはこれまで、スタッフがどこにいても仕事ができる環境を作ることを日本の企業にお伝えしてきました。どこで仕事をするかではなく、どのようなパフォーマンスを発揮できるのかが大切だとする考え方は、欧米諸国ではコロナ禍よりも前から受け入れられていましたが、アジア、特に日本ではあまり受け入れられていなかったと思います。

  • ヴァン・ダー・アーキテクツジャパン 代表取締役 ヴァン・ダー・リンデン マーティン氏

そのような中、ご存知のように、新型コロナウイルスは職場環境に大きな影響を与えました。当社の日本のクライアントの中には、社員がオフィスに出社する以前のような働き方を望んでいる企業も何社かありますが、ほとんどはオフィスを「拠点」とするハイブリッドな働き方を受け入れ始めたように思います。

つまり、オフィスは電話やオンライン会議、プレゼンテーションを行うスペースとして利用し、そのほかはリモートで補完するような働き方です。また、オフィスで企業の社会的な側面を表現することに重点を置いている企業も増えていますね。ヨガやマッサージのための部屋、カフェテリアなどを設置すると、「スタッフを大切にしています」という企業のメッセージが表れますね。

-近年のオフィス設計のトレンドとして「Activity Based Working」(ABW)という言葉をよく聞きます。ABWとはどのような考え方でしょうか

マーティン氏:ABWの基本的な考え方は、「オフィスでは、従来のように単に機能的なタスク以上のものを許可する必要がある」ということです。典型的なオフィスとは、終日座って作業するだけのデスクと会議室があるだけのようなイメージが多いと思います。

ABWが目指す理想は、オフィスとは、社員が仕事をするために必要な行動(activity)に基づいた(based)スペースを提供するもので、社員は自身の業務内容に合わせて、スペースを選択できるような環境であるべきだということです。

例えば、1人で作業に集中したい場面ではそのためのスペースが確保でき、チームメンバーと何かを確認したいときにはそれに適したスペースを確保できるということです。

私は2000年に『eBusiness and Workplace Redesign』に寄稿した原稿の中で、ABWに基づくオフィスを設計するための方法論として、「WorkVitamins」を提唱しました。

-WorkVitaminsについて詳しく教えてください

マーティン氏:「WorkVitamins」は、「Initiate(開始する)」「Analyse(分析する)」「Change(変更する)」「Implement(実行する)」の4つのステップで構成する、オフィス設計の方法論です。

「Initiate(開始する)」の段階では、オフィスに求めるビジョンを確認します。経営者だけでなく従業員にもアンケートを実施することで、企業が表現したいオフィスの姿を具体的に探ります。経営者や特定の部署など、一部の人だけの意見に偏らないように注意しましょう。

次に、「Analyse(分析する)」では、より詳細に、具体的な場所ごとに求められる機能を調査します。さらに、企業が求める理想のオフィスと、現在のオフィスのギャップを分析します。

ここで浮き彫りになったギャップに対して、「Change(変更する)」の段階で具体的かつ創造的なオフィスの姿を検証します。

そして最後に、「Implement(実行する)」として、ステップ1から3をオフィスデザインに落とし込みます。単なるデザイン性を求めるのではなく、真に革新的なオフィスを設計し建設する段階です。

元々は、私が早稲田大学の研究助手をしている時期に考えました。最初の顧客は「connecting people」をスローガンとするノキアだったのですが、オフィスでは何が人と人をつないでいるのかについて考え始めたのが着想のきっかけです。

ノキアのヘルシンキのオフィスにはシャワーやサウナ、大きなカフェがありました。一方で、日本のオフィスはパーテーションで仕切られて紙が高く積まれるような状態で、職場環境が大きく異なっている点が気になりました。

こうした経験により、オフィスは機能的な意味を持つだけではなく、会社を象徴するべきものであると考えるようになりました。日本では、受付や来客用スペースは豪華な一方で、人目につかない社員用の業務スペースにはあまり力を入れていない企業が多いような気がします。これに対して「WorkVitamins」を提唱し、会社のメッセージは外向きだけでなく従業員にも届けるべきだと思ったのです。

--これからのオフィスのあり方について、どのようにお考えですか

マーティン氏:「オフィスに出社しているからこそ勤勉である」というマインドセットが多くの日本人にあるのではないでしょうか。ポストコロナの環境では新しいマインドセットが必要です。先ほども申し上げましたが、どこで仕事をするかではなく、どのようなパフォーマンスを発揮できるのかが大切です。

これからのオフィスは、例えば子供たちが学校に行くような、社会的要素であるべきです。つまり、単に作業をするための機能的なものではなく、円滑な人間関係構築やコミュニケーションのためにあるべきだと思っています。

近年は、IT企業によくあるような、保育園のようにおもちゃやガジェットがたくさん置いてあるオフィスが増えていますね。私たちは、見た目は楽しそうだけれども、社員にとってはあまり使い勝手が良くないオフィスにならないように注意しています。設計時に心掛けるのは、「10年後、あるいは50年後にもフレッシュなオフィスに見えるか?」ということです。

そのための重要なキーワードは「Authentic(真の)」だと思います。表面的なものではない、真に企業のメッセージを反映したオフィスを目指して設計しています。

一例として、オランダの保険会社INGグループを紹介しましょう。同社では、保険の仕事は多くの電話対応や顧客対応が生じるのでストレスフルであり、採用に苦労していたそうです。そこで、企業のメッセージとして「大きな楽しいスペースを提供します」を打ち出し、休憩スペースやランチルームなどを備えたオフィスを建設しました。

さらに、ホテルや会議室をレンタルして採用活動するのではなく、実際に勤務することになるオフィスに招いて面接することで、リクルート費用を30%削減できたのです。会社のスローガンをオフィス設計に反映して、さらにそれを体感してもらうことで採用後のすれ違いをなくせたと聞いています。

『SNOOP』という本は、誰かの人となりを知るためにはIQテストやインタビューをするよりも、本人の部屋を見るのが良いと提唱しています。企業のオフィスも同様で、その企業が対外的にどれだけ素晴らしい言葉を述べているかよりも、オフィスがどのようなデザインであるかを知ることで、どのような会社なのかを理解できるでしょう。