史上初となる旅行者だけの宇宙飛行
今回のミッションの大きなポイントは、有人宇宙飛行、そして宇宙旅行にとって、いくつもの史上初や記録がもたらされたということである。
その中でも最も大きいのは、史上初となる旅行者だけの宇宙飛行だったということであろう。宇宙旅行自体は過去にも何回か行われており、たとえば2001年から2009年にかけては、7人の大富豪がロシアのソユーズ宇宙船でISSへ旅した。ただ、これはロシア政府や宇宙機関のバックアップがあって初めて実現したものであり、また操縦などはロシアの宇宙飛行士が務めていた。
最近では、億万長者のリチャード・ブランソン氏やジェフ・ベゾス氏がが、それぞれ自らの会社が開発した宇宙船で宇宙空間に到達しているが、これらはサブオービタル飛行、もしくは準軌道飛行と呼ばれるもので、地球を回る軌道には乗らない宇宙飛行だった。
一方、今回のインスピレーション4は、前述のように、アイザックマン氏をはじめ4人全員が、軍や米国航空宇宙局(NASA)などに所属していない、また宇宙飛行士としての資格も持っていない、純粋な宇宙旅行者だった。また、宇宙船やロケットを開発したのも、そして打ち上げ、運用を行うのも民間のスペースXであり、軍やNASAは直接的には関与していない。
宇宙旅行者のみの飛行としても、民間企業単独による地球周回軌道への飛行としても史上初のミッションだったのである。
さらに、インスピレーション4が飛行した約580kmという軌道高度は、有人宇宙飛行の歴史の中でもかなり高い。月まで行ったアポロ計画を除けば、これまで有人宇宙船が到達した最高高度は、1966年に「ジェミニ11」が記録した1373kmである。また、ジェミニ10も高度約760kmに到達したほか、過去5回行われた「ハッブル宇宙望遠鏡」の修理ミッションでは、スペース・シャトルが高度約600kmまで到達した。
したがってインスピレーション4は、地球周回軌道を回る有人飛行ミッションとしては、ジェミニやシャトルに次いで高い高度の軌道を飛んだことになる。ちなみに現在、ISSや中国の宇宙ステーションが周回しているのは高度約400kmであるため、これらに搭乗している宇宙飛行士よりもはるかに高い高度を飛んだことになる。
なお、インスピレーション4のミッション中には、ISSには7人、そして中国の宇宙ステーションにも3人の宇宙飛行士が滞在しており、宇宙開発の歴史上最多となる計14人が宇宙で暮らしていたことになる。
また、アルセノー氏は義足をつけて宇宙を飛行した初めての人物となったほか、米国人として最年少での宇宙飛行にもなった。さらにプロクター氏は黒人女性初の宇宙船パイロットとなった。
本格的な宇宙旅行時代の幕開け
そして、本格的な宇宙旅行時代が幕開けの兆しをみせたという点でも、インスピレーション4は大きな意義がある。
前述のように、これまでの宇宙旅行は、国の宇宙機関の支援があって初めて実現したものだった。しかし今回のインスピレーション4は、アイザックマン氏という民間人が企画し、スペースXという民間企業が実施したものであり、従来とは大きく質が異なるものである。
また、民間だけでも宇宙旅行が実施できるという技術力や信頼性を示したという点でも、さらに一般人でも、たとえ義足をつけていたとしても、訓練さえすれば宇宙へ行けるのだということを示したという点でも大きな意義があった。
民間主体での宇宙旅行という潮流は確実に勢いを増しつつある。2022年1月ごろには、米国の宇宙企業アクシアム・スペース(Axiom Space)が、クルー・ドラゴンを使った民間人4人によるISSへの滞在ミッションを実施することを計画。また、俳優のトム・クルーズ氏も映画撮影の一環として宇宙飛行を検討していると噂されている。
さらに2023年には、実業家の前澤友作氏らが、スペースXが開発中の巨大宇宙船「スターシップ」による月への旅行を計画している。
もちろん、いまはまだ、宇宙旅行に行けるのは一握りの大富豪だけである。インスピレーション4で飛行したアイザックマン氏以外の3人は、大富豪ではない一般人ではあったが、アイザックマン氏に招待されて初めて飛び立つことができた。トム・クルーズ氏や前澤氏に至っては言わずもがなである。
それでも、有人宇宙飛行の商業化、宇宙旅行の本格化が着々と進みつつあることに、「近い将来、誰でも宇宙に行けるのではないか」と期待をするのは間違いないではないだろう。
航空機の歴史をふりかえると、初期の旅客機は数十分間の遊覧飛行で約100万円もの運賃がかかり、旅客機による海外旅行が実現した際も数百万円と、富裕層にしか手が出ないものだった。それがいまでは、十万円~数十万円と桁ひとつ少ない金額で行けるようになった。
宇宙旅行もまた、スペースXをはじめとする宇宙企業が宇宙船を飛ばし、富裕層が宇宙旅行にお金を使うことで飛行回数が重ねられコストダウンが進み、そしていつかは、誰でも気軽に宇宙に行ける時代が訪れるかもしれない。
今回のインスピレーション4を通じて、4人のクルーは身をもって、さまざまなことを証明した。一般人でも宇宙旅行に行けるのだということ、難病や挫折も克服できるということ――。あるいは、もっと普遍的に、どんな夢も叶うということ、どんな困難も乗り越えられるということと言い換えてもいいかもしれない。4人はそんな、人類にはそれだけの大きな可能性と力があるのだという“インスピレーション”を、私たちに与えてくれた。その点でも、今回のミッションには大きな意義があったといえよう。
参考文献
・Inspiration4 - [object Object]
・SpaceX - Launches
・Inspiration4 - [object Object]
・Inspiration4 - Home
・Inspiration4 - Crew