1925年に創業した中外製薬は、現在は特に抗体医薬品をはじめとするバイオ医薬品に強みを持つ。2002年にはスイスの製薬企業ロシュと戦略的アライアンスを開始し、グローバルでの価値提供を加速した。
同社は2021年に、2030年までの成長戦略として『TOP I 2030』を打ち出した。ロシュとのアライアンスをベースにして、「R&D(研究開発)アウトプット倍増」と「自社グローバル品毎年上市」を実現できる会社になることを目指す。日本だけでなく世界のトップイノベーターへ成長することを狙った戦略であるとのことだ。
さらに同社は、これまでに培ってきた科学技術と最先端のデジタル技術を掛け合わせることで、自社だけでなく社会をも変革しようと、デジタル戦略として『CHUGAI DIGITAL VISION 2030』を掲げている。革新的な新薬の創出はもちろんのこと、デジタル技術によって新たなサービスの開発にも取り組む。
8月上旬には他の製薬企業と共にデータサイエンスに関する講演会とキャリア相談会を開催。今後の製薬業界におけるデータサイエンスや、データ利活用の推進にも寄与した。大きくデジタル化に踏み出した同社が見据えるビジョンと、それに向けた取り組みについて、同社のデジタル戦略推進部長 中西義人氏が話してくれた。
製薬業界全体として医薬品の開発コストが年々上昇している一方で、新薬開発の成功確率は低下傾向にあり、研究開発の生産性は徐々に下降しているという。そうした中で、厚生労働省の試算によると、AIの活用によって医薬品の開発期間を4年短縮、費用を640憶円削減、開発成功確率が10倍増加するポテンシャルが見込まれている。
「このような環境の中で、私たちはDX(デジタルトランスフォーメーション)を当社が掲げる成長戦略を達成するためのキードライバーとして位置付けています」と中西氏は話す。同社にとってDXは、今後の研究開発を進めるために必須の要素であるとのことだ。
『CHUGAI DIGITAL VISION 2030』で、同社はデジタル技術によって自社のビジネスを革新し、さらに社会を変えるヘルスケアソリューションを提供するトップイノベーターを目指す。デジタル技術やICTを活用して同社のバリューチェーンを効率化し、革新的な新薬創出や、個別化医療の提供、早期診断や予防などの実現につなげる狙いがあるとのことだ。
特に現代の日本は少子高齢化および人口減少が進んでおり、今後の社会保障制度を不安視する声もある中で、同制度を持続可能なものにすることも同社は見据える。治療用の医薬品だけではなく、新規の事業やサービスの開発を通じて社会への貢献する幅を拡大していく姿勢だ。
製薬業界においてデジタル化を推進する企業は増えており、特にゲーミフィケーションやフィットネスの手法を取り入れた新規ビジネスに挑戦する例が挙げられる。その一方で、同社のデジタル戦略の特徴は、これまでに培った革新的な創薬の領域に特化している点であるという。
中西氏は「革新的な創薬、ロシュとのアライアンス、個別化医療など、これまでに蓄積した経験や知識を基盤に、新たな医薬品やサービスの提供のために必要なデジタル技術を取り入れていくのが、当社の基本的な戦略です」と述べた。革新的な創薬を一丁目一番地と捉える同社ならではのもくろみだ。