ということで、量子コンピュータ向きの問題を見つけるのも容易ではないのであるが、Troyer先生の見立てでは、図27に青字で示した「より良いバッテリの設計」、「新しい触媒の設計」、「量子物質の理解」、「気候変動への対処」などが見込みがありそうな問題であるという。
通常のコンピュータでは、解くべき問題の規模が大きくなると急激に計算時間が長くなってしまい、計算ができなくなる。これに対して、量子コンピューティングの場合は解くべき系の原子の数が増えても、計算時間の増加は緩やかで、より複雑な問題が解ける。つまり、古典的な方法では解けなかった問題でも、解ける問題が出てくるという訳である。
量子コンピュータを縦軸をQubit数、横軸をQubitのエラー率でプロットすると、現在、作れる量子コンピュータは右下の灰色の領域で、Qubit数が不足で、エラー率も高い。実用的な量子計算を行うにはエラー訂正されたQubitが10万~100万qubit必要である。
図29のグラフの青い線の上の領域がエラー訂正された100qubitを実現するのに必要なqubit数とエラー率であるので、まだ、実用計算ができるレベルの量子コンピュータが作れるようにはなっていない。
化学反応のシミュレーションでは、量子計算アルゴリズムを使うと指数関数的なスピードアップが得られるので、高速化が実現できる。また、二酸化炭素の発生低減は重要な課題であり、葉緑素による光合成でCO2を固定する仕組みを深く理解することは重要な課題である。
図31に示すように、2014年にこの問題に取り組み始めたが、最初は計算に10億(109)年かかるという見積もりになった。しかし、2017年には100年で計算できる方法が考案され、2021年に出版される論文では1カ月で計算できる方法が発表された。
この大幅な高速化は
- 重複した計算を止めて以前の計算結果の再利用で100倍の高速化
- コードを最適化して並列化で25倍の高速化
- 局所的なコードの最適化で演算量を1/4に削減
- 賢い項の順序の入れ替えでタイムステップを10倍に拡大
- 時間の進め方を可変にして10倍の高速化
- 位相推定アルゴリズムの改善で計算量を1/4に削減
- スパース表現を取り入れI/Oやランタイムの時間を1/20に低減
などのアルゴリズムの改善で実現されている。これは一例であるが、アルゴリズムの研究、改善は量子計算の実用性を改善するために重要な分野である。
量子コンピューティングの実用化は近づいている。しかし、量子コンピュータは汎用コンピュータではなく、扱う問題が限定された専用のアクセラレータとして使われる。量子コンピュータには、データ量は小さいが計算量は膨大という計算が向いている。また、現在の量子アルゴリズムの多くは計算量がSQRT(N)回に減少するものであるが、それよりも計算量を大きく減らせるSuperquadraticな速度向上が得られる問題を解くのに向いている。
化学反応のシミュレーションや物質研究の分野では、量子コンピュータはSuperquadraticな速度向上が得られ、非常に高い性能を発揮すると期待される。しかし、そのためには10万~100万の誤り訂正Qubitを持つ量子コンピュータが必要である。
しかし、このレベルの量子コンピュータはまだ作れないので、量子計算が今日の計算にインパクトを与えているのは、最適化問題に“Quantum Inspired”アルゴリズムを適用して効果を上げているケースである。このレポートでは紹介していないが、富士通のデジタルアニーラなどは通常の電子回路で計算を行うが、最適化問題を解く場合には量子コンピュータでの最適化に迫る解を見つけることができると言われている。