富士通では2017年から本格的に働き方改革に着手し、生産性向上を目指す中で、社員の自律性を高める必要があると判断。その鍵が「上司のマネジメント」にあることに着眼。2018年には一般社員が上司について回答する「職場マネジメントアンケート」も実施した。この施策によって、個々のマネージャーへのフィードバックが行われ、自らの課題が明らかになったと一定の評価は得られたが、より具体的なマネジメント手法を求める声が上がったという。
「SI企業からDX支援企業へと変革する中で、ウォーターフォールでは効率のよかった上意下達型のマネジメントからコーチング型への変革が必要だと考えられました。それが本当に正しいのかを社内の人事データを使って検証したのが特徴です。事業戦略とマネジメント変革の方向性が整合しているところがポイントの事例です」と入江氏。
人事部門が描いた仮説の検証と、その有効性を現場に理解してもらうために、人事統計分析とマネジメントの知見を持つ専門家としてリクルートマネジメントソリューションズの協力が求められた。これが2019年から取り組みが開始された「Fujitsu Management Discovery」だ。
「富士通の場合、現場の多くがエンジニアです。本当にコーチングが大事だと伝えるだけで理解されるのか、行動が変わるのか。きちんと説得力を持たせるためには科学的なエビデンスをもとに、自社ならではの優秀なマネジメント手法を発見して伝えるのがいいのではないかという考えから、当時一番大きかったエンジニア部門のマネージャー約400名と社員約2000名を対象とした大規模な調査が実施されました」と語るのは、HR企画統括部 シニアソリューションプランナーである伊藤正裕氏だ。
従業員アンケートと業績から導き出される「優秀型マネージャー」とは
具体的な取り組みは大きく4つ。新規のアンケート調査の実施、以前に実施されていたアンケート結果と成績評価を組み合わせた分析・分類、結果の言語化、ワークショップの開催だ。
「業績と職場マネジメントの状況とを組み合わせて分析し、共に成功している人が優れたマネージャーである「優秀型」とした上で、業績は高いが職場マネジメントはうまくいっていない「ストロング型」、職場マネジメントはいいが業績の低い「迎合型」、両方うまくいっていない「空回り型」とタイプ分類を行いました。その上で、四象限の差や優秀なマネージャーの特徴を明らかにするためのアンケートを行いました。具体的には、業績成果と部下の育成を両立しているマネージャーの行動を、多様な企業の調査をもとに明らかにしたフレームがリクルートマネジメントソリューションズにはあるのですが、それをベースに55の設問を作り、現場のマネージャーとメンバーにアンケートを実施しました」と伊藤氏は取り組みを語る。
この分析の中で、優秀型マネージャーのいる組織は他と比較して若手離職率が低いことや、高業績の継続性があることなどが判明したという。
「もともと人事部門ではそうした傾向があることを予測していましたが、実際の調査から得られたデータによって、優れたマネージャーの有効性が定量的に証明されたことになります」と伊藤氏。
人事部門の予測や現場感覚から見えていたものが、客観性のある専門家との分析によって明らかにされたことで、エビデンスを持った説得力のある情報になったわけだ。
納得感を醸成するエビデンスの伝達とワークショップ
言語化の部分は、図表を利用したわかりやすい「5つのFACT」というポスターを掲示。優秀型と他タイプの差異が明確に存在すること、その差異がどこにあったのか、主にどのような違いがあったのかを簡潔に示した上でQRコードを利用して詳細データやワークショップへのアクセスも促した。
「エンジニアの組織なので、データを見て納得する傾向がありました。一方でデータだけでは人の心は動かないので、ポスター等を作って納得感を醸成しました」と入江氏。
自分自身にはどのような課題があるかを理解するだけでなく、大きく分類して自分がどこに位置するのかを知り、優れた手法と比較することで、具体的な差異や取り組むべきポイントを理解することが優れたマネージャーへの成長に繋がる。その道筋に説得力のあるデータが示されたことで、納得した上で積極的に取り組めるようにしたことがポイントだ。
「優れたマネージャーの特徴は非常に腹落ち感があった、自らのマネジメントを変えてみようと思った、自社調査によるエビデンスなので納得感があったという意見が多くありました。コーチング型に変えるとなると、そんな優しいアプローチで業績が上がり続けるのかという葛藤を持つ人もいます。エビデンスがあることで、やってみようと背中を押された人も多かったのではないでしょうか」と伊藤氏は成果を語る。
アンケート調査からエビデンスの提示まで、約半年。2019年度中には実践に移すためのステップとしてのワークショップが開始され、今も継続的にオンラインを中心に複数回実施されているという。
「これが良い型ですと教えるのではなく、現場の活きたナレッジをマネージャー同士で交換し、マネジメントの実践知にする場がワークショップです。優れたマネージャーの特徴型に照らして自分はどうであったかを振り返り、マネージャー同士の対話を通して実践していくマネジメントを自分なりに言語化します。データ活用、リフレクション、ダイアログによって自身のマネジメントを進化させる主体的な取り組みにしているのが特徴です」と伊藤氏。
この時点では各個人に、自身がどの型に分類されているのかの開示や、不足している行動の指摘といった個別対応は行わず、部署ごとや希望を募ってさまざまな切り口で複数のワークショップを開催し、意欲的なマネージャーの自己分析と変革を促していた。そして現在、富士通では個別のフィードバックを行い、全社的なマネジメント変革に向けた取り組みを進めている段階だという。
会社ごとの「優れたマネージャー像」を導く専門的な知見
富士通の取り組みは、リクルートマネジメントソリューションズが以前から行ってきた研究によって蓄積した知見を活用したものだ。単純に従業員にアンケートを実施し、業績と照らし合わせれば完了するというわけではない。
「優秀なマネージャーと苦労しているマネージャーを区別するために工夫すべきポイントは、両者をどうやって弁別するかを決めることです。人事評価か、現場の満足度かなど、バリエーションがあるので事業戦略に照らした検討が必要です。またマネージャーの特徴も、性格で見るのか行動で見るのか。聞き取りの方法も古典的なマネジメント論をベースにすると、今風の優れた人の特徴が捉えられなくなります」と入江氏は語る。
さらに、リクルートマネジメントソリューションズでは過去に行った研究から、業種ごとの特性から求められる優れたマネージャー像の違いを分類している。業種や職種ごとの差異に加え、企業ごとの個性も見極め、自社にマッチしたマネージャー像を導き出す必要があるという。
「富士通の場合、過去の知見から作成した質問項目からマッチするものを選択した上で細かな言い換えを行ったものと、新規作成した質問項目を組み合わせてアンケートを実施しています。同じようにオーダーメイドで対応して他社にもサービスを展開することは可能ですが、どこまで一般性をもって仕組み化できるかは今後のチャレンジになります」と入江氏は今後の展望を語った。
富士通の事例では、伊藤氏という数年富士通を担当したソリューションプランナーと、ピープルアナリティクスの専門家である入江氏の両方の存在が鍵になっている。類型的なものではなく、企業文化等を踏まえた自社らしいマネジメントスタイルを模索し、マネージャーに伝わりやすい形式も考えられた。また、客観性と専門性を持ったデータで説得力を高め、現場の取り組みを促している。そしてワークショップを通してマネージャー同士での交流や実践知の展開、自己を振り返る場を作っている。
「集めたノウハウを整理、蓄積、体系化して、自社にあったより精緻な言語化をサイクルとして進め、次の取り組みにつなげていく。自社ならではの、それぞれの現場にあった、マネジメントの実戦知を丁寧に創り続けていることがポイントです」と伊藤氏は企業ごとのオーダーメイド対応が良い結果に繋がる重要ポイントであることを語った。