目指すべきは10年先に「自分で運転する」覚悟を持ったスキル獲得
SaaSについて、業務要件ファーストな考え方から脱却できないことが障壁となっているのと同じく、PaaS/IaaSにおいてはITはSIerに任せるもの、SIerはプロなのだからサービスを熟知して最適な提案をしてくるはずである、という思い込みを捨てられないことが大きな障壁になっているという。
「この丸投げカルチャーが変わらないかぎり、現在の年率1%程度の伸びのまま2030年になってもクラウド活用率は30%程度に留まるでしょう。SaaSだけならば70%程度になるかもしれませんが、PaaS/IaaS活用には相当なスキルが必要です。企業の意識調査ではスキルが重要だという理解自体は74%と非常に高いのですが、積極投資には至らない状態です」(亦賀氏)
オンプレミスシステムの構築・運用に関する情報は、SIerが保持していた。具体的な価格や技術についてユーザー企業が調べ、第三者的に比較しようとしても難しかったため、任せるしかなかったのは事実だ。しかし、クラウドに関しては違うという。基本的に情報は開示されており、少しインターネット検索を行うだけである程度の情報が手に入る。解説書もさまざまなものが発行されており、勉強しようと考えた時に阻むものは少ない。
では、具体的に何をすればいいのか。その答えは非常に簡単で、勉強することだという。前述の通り情報は公開され、参考になる書籍も充実している。必要なのは、プロに任せておけばいいという考えを捨て、動き出すこと。自らが利用者として適切な技術を持つべきであると考えを切り替えることだ。
「この大変化は続きます。避けて通れるものでも、一過性のものでもありません。『クラウドなんてさっぱりわかりません』と言っている人は、10年後にはIT業界で生きていられなくなります。ご飯を食べるため新しいスキルをしっかりスキルを身につけましょう。さっと読んでなんとなく理解するというのではなく、プロの知識をつける覚悟を持ってください。自動車の運転も英会話も、技術を身につけるためには一定の勉強は必要です。10年先を生き残るための必須スキルです。若い人は特に勉強しなければなりませんが、年配の方ならしなくていいというものでもないです。今50代だとしても、これからは70歳過ぎまで働く時代。10年先もまだまだ現役のはずですから」と亦賀氏は積極的なスキル獲得の必要性を力強く語った。
2021年のクラウドトレンドと企業が取り組むべきこと
先々を見据えた動きとしてエンジニアはそれぞれスキル獲得に取り組むべきではあるが、企業として2021年にはぜひ着手したいこともある。それはクラウドCoE(Center of Excellence:組織を横断する部署)の設置、ガイドラインの見直し、丸投げから脱却した「自分で運転する」ユーザーの増加、長期的な戦略へのクラウド組み込みといったものだ。
「クラウドCoEの設置は注目キーワードになるでしょうね。ガイドラインについては10年前のイメージで作っているままなので、現在のサービス部品を組み合わせて、活用するクラウドに見合ったものに根本から変化させる必要があります。問い合わせを多く受けていますが、急務と考えるべきでしょう」(亦賀氏)
長期的な戦略は、目の前の課題を解決するツールとしてだけでなく、2030年に向けて腰を据えた取り組みを行うべきであるという提案だ。IoT活用やAIといったバズワードに振り回されず、大きな構想で捉えて全体を最適化するには何が必要なのかを見据え、戦略的に取り組む必要がある。特に最先端とされる分野では技術的に発展途上にあるサービスも多く、何かを選んで導入すれば解決できるだろうという短期的な考えでは成功に導くのが難しくなる。
クラウド業界全体を見渡した2021年の動向としては「ハイパースケーラーの戦い方は多様化し、各サービス会社が行政や金融など分野を絞ってのインダストリー強化を行っていますが、この流れは2021年も継続するでしょう。ハイブリッドクラウドやエッジ、またマルチクラウドについても総論で見るとわかりづらい状況なので、細かく見る必要があります。Kubernetesと周辺については一部のエンジニアやメディアで盛り上がるでしょうが、全体としては、ついてこられていない状況に見えます」(亦賀氏)
5Gについては、本来はクラウドと密接な関係があるものとして捉えるべきだが議論が不足しているという。
「5Gサービスを提供する通信事業者とクラウド事業者がシームレスに繋がる必要があるのですが、日本の場合どことどこが組むのか不明です。通信のことは専門外ですが、今はスマートフォン利用料金で頭がいっぱいに見えます。直近の5Gはスルーして5G+や6Gといった次の世代まで見送られてしまうかもしれません」(亦賀氏)
ガートナーでは毎年1月にクラウドに関する調査を発表している。2020年の実態については2021年1月に発表される予定だが、今のところ大きな変化があった様子も、2021年に画期的な変化が出る見込みもないようだ。あるのは現状の見直しと、先々を見据えた動き出しの必要性だろう。
手軽なクラウド活用としてSaaSに取り組むのならば、業務要件ファーストからクラウドファーストへの切り替えを行う。本格的なクラウド利用を目指すならば、概要把握で済ませず自分がクラウドそのものを利用する「運転者」になる覚悟を持ち、スキル獲得に向けた学習を開始する。それが2021年の課題だ。
「難しく感じるかもしれませんが、勉強をきちんと始めた人はおもしろがっている人ばかりです。教習所に通って免許証を取るところから、F1レーサーになる人だっている、というくらいに夢のある話。あまり難しく考えず、飲食店のメニューやお土産菓子の開発でやっているような、まずはやってみて手応えを見て変えて行くというアジャイルのやり方を身につけてください。自転車に転ばないで乗れた人はいません」と亦賀氏は、失敗をしてはいけない、最初から完璧なものを作り上げなければいけないという考えを捨てて柔軟な取り組みを開始するこを強く勧めた。