閉じられたネットワークから制御権を開放する

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    東京の民間スタジオではISS内外の映像をモニターしながら、直接ISS「きぼう」内の機器を操作した (C)バスキュール/スカパー!

もう一つ、この放送で画期的だったことがある。「きぼう」内においたスタジオの機器を東京にあるスタジオから直接操作できるようにしたことだ。

通常、JAXA-NASA-ISSは閉じられたネットワークであり、セキュリティゲートが設けられている。第三者がこのネットワークに入ることはできない。だが、一つひとつの操作について「きぼう」管制室の管制官の操作を経由すればどうしてもタイムラグが発生してしまう。生放送でそのオペレーションは避けたい。そこで「クローズドなネットワークの外、つまり、東京の民間スタジオから直接、KIBO宇宙スタジオの機器をリアルタイムに操作できるようにしてほしいと要望し、JAXA・NASAに受け入れていただいた」(バスキュール・武田氏)

その結果、今回初めて「きぼう」の機器(アプリ)を、クローズドなネットワークの外から遠隔操作する仕組みが開発された。「もちろんJAXA筑波宇宙センターの管制室でセキュリティを確認していますが、民間の回線を作って、物理的に外から『きぼう』内の機器のアプリを動かせるようになったのはおそらく初めてだと思います」(高田氏)

しかし、JAXA-NASA-ISSの厳しいセキュリティの壁を、安全性を壊さないようにどのように突破したのか。

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    視聴者のスマホとISSがつながるには間にいくつものセキュリティゲートがある。安全を担保しつつ、民間スタジオから直接ISSの機器を操作したのはおそらく世界初 (C)バスキュール

武田氏によると、JAXA-NASA-ISSのネットワークは常にクローズドな状態で存在させたまま、外からのデータを安全に入れられる仕組みを作ったそう。「映像などのデータを直接ネットワークの中にいれず、新たに外部と内部のネットワークを仲介するシステムを作りました。具体的には外部からのデータを別の形式のデータに変換し、それを復号化することで安全な状態を保ちつつ、既存のネットワーク内に取り込む仕組みを構築しました。」

ただし、NASAとの調整は一筋縄ではいかなかった。「NASAからデータ中継衛星を介するISSの通信ルートはブラックボックス状態です。映像による双方向通信をしたいから新しいポート(ネットワークの住所のようなもの)を開けてほしいとお願いしましたが、テストしても繋がらない。数か月かけて改良とテストを繰り返し、つながらなかった事実と詳細な実施データログをNASAに伝え、やっとNASAに原因を認めてもらい、ポートを開けてもらった。それがインフラを作ることの大変さでした」(武田氏)。通信テストをJAXA筑波宇宙センターで行う際も、テストに使用するPC等の安全審査に1か月かかるという気の遠くなる作業を繰り返した。

通しのリハーサルなし。ほぼぶっつけで迎えた本番

プロジェクトが発表されたのは2019年11月。東京のスタジオから直接ISSのKIBOスタジオの機器を操作するためのネットワークインフラ整備には2020年4月ごろまで要した。平行して宇宙でどんな絵が撮れて、どんな番組を作ることができるのかも検討しなければならない。ところが、番組制作の要ともいうべきISS滞在中の宇宙飛行士の活動時間は準備から後片付けまで含めて、ごくわずかな時間に制限されていた。

「(普通ならリハーサルを何度も繰り返すところだが)リハーサルをやれば、本番で動いてもらう時間がなくなってしまう。当日にすべての時間を割り当てるために、地上のシミュレーションで確認できることは全部確認しました」(馬場氏)

馬場氏が苦労したことの一つが「明るさ」だ。KIBOスタジオはISSの窓から見える地球とディスプレイ上の地上の人々が同じ画角に収まることが売りである。ISSは90分で地球を一周するため、45分ごとに昼と夜が訪れる。宇宙の昼はものすごく明るい一方、液晶ディスプレイはかなり暗い。どちらかの明るさに合わせると一方が映らなくなる。それを一つの絵としてどう見せるのか。

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    「きぼう」実験棟の窓の大きさに合わせて作ったフィルターをもつバスキュールのクリエイティブディレクター馬場鑑平さん。回転させることで遮光の度合いを変えられる。フィルターを使ったことで窓についていた傷も目立たなくなったそう

「結局どれくらいの明るさになるのか、照度がわからない。宇宙飛行士から『(宇宙の)真昼の間は太陽の強烈な光で、普通に撮ると真っ白になるから気を付けて』と教えてもらっていました。そこで窓にサングラスのようなフィルターを付けることに。どのくらい明るいかわからなかったので、遮光の度合いを変えられる可変フィルターを作りISSに打ち上げました。当日、本番が始まる前に宇宙の昼間の状態を見せてもらい、どの程度の遮光にすればいいかを確認したのです」(馬場さん)

馬場さんは、フィルターが本当に機能するかどうか、当日までわからなかったという。だが直前の調整のおかげで、本番では窓の外の地球の映像と地上からの参加者を綺麗に同じ画面に映し出すことができた。

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    フィルターをつけたおかげで、昼の地球(右)と暗い液晶画面(左)の両方を一枚の絵としてとらえることができた。左は花咲徳英高校の吹奏楽部のみなさん (C)バスキュール/スカパー!

カメラをどこに設置するかも検討を要した。「きぼう」には二つの窓があるが、左の窓はぎりぎり地球が見える。ただし左の窓からは地球だけでなく、「きぼう」船外の実験装置やISSの太陽電池パネルも見えてしまう。船内のどこにカメラを設置したら何がどう映るかを見られるツールを駆使して、窓から地球がよく見える場所を模索し、カメラの設置場所を決めたのは2020年2月頃。

「決められるものはできるだけ事前に決めました。なぜなら宇宙飛行士に依頼する作業はすべてマニュアル化して、宇宙飛行士に伝えてもらわないといけないからです」(馬場氏)。ところが本番前日、手順書に従ってカメラを設置してもらいテスト撮影をすると、太陽光パネルがかなり映りこんで窓の外の景色を遮ってしまうことが判明した。

「急きょ、太陽電池パネルの見え方の法則性を探して、120分の番組中、綺麗に窓から地球が見える時間帯を割り出しました」。本番直前にどの時間帯に窓からのライブ映像を映すのか、どの時間帯にスタジオトークを入れるか等、番組の構成を検討した。