NASA「地球外生命体探査史上、最大の発見」

今回の研究成果の発表について、米国航空宇宙局(NASA)のジム・ブライデンスタイン長官は「金星に生命がいるかも? ホスフィンの発見は、地球外生命体探査史上、最も重要な進展である。金星を優先するときが来た」とツイートしている。

またNASA科学局は、「この研究に直接かかわってはいないが」と前置きしたうえで、「科学的な査読プロセスを信頼しており、今後この論文を受けたうえでの議論の進展に期待している」との声明を発表。また、「NASAは現在3つの金星探査ミッションの検討を進めている」とし、そのうえで「NASAには、太陽系内外の生命をさまざまな方法で探索する、大規模な宇宙生物学プログラムがある。過去20年の間に、私たちはさまざまな発見をしてきており、地球外生命を発見できる可能性が大きく高まりつつある」としている。

NASAでは現在、比較的小規模で低コストな太陽系探査ミッションをシリーズ化して行うことを目的とした「ディスカヴァリー計画」において、2つの金星探査ミッションの検討を進めている。

ひとつは「ダヴィンチ+(DAVINCI+、Deep Atmosphere Venus Investigation of Noble gases, Chemistry, and Imaging Plus)」と呼ばれる計画で、金星のまわりを周回するオービターと、金星の大気に突入する球形の探査機からなり、オービターは金星を周回しながら、またカプセルはパラシュートで金星大気の中を降下しながら大気を分析。大気がどのように形成され、進化してきたのか、そして過去の金星に海があったかどうかなどを探査する。また、両機にはカメラも装備されており、金星の地表をマッピングする。

DAVINCE+の成果は、太陽系や系外惑星における地球型惑星の形成の理解を推し進める可能性を秘めているという。

もうひとつは「ヴェリタス(VERITAS、Venus Emissivity, Radio Science, InSAR, Topography, and Spectroscopy)」という計画で、金星周回軌道から合成開口レーダー(SAR)を使い、金星全体の地形の三次元地図を作成するとともに、金星でもプレート・テクトニクスが起きているのか、そして火山活動があるのかといったことを明らかにすることを目的としている。

また、赤外線放射を観測することで、地質についても探索。金星の大気に焦点を当てた探査を行うDAVINCI+や、日本の金星探査機「あかつき」などと相互補完的な役割を果たすことを目指している。

  • 金星

    DAVINCI+の想像図 (C) NASA

現在ディスカヴァリー計画は、このほか木星の衛星のひとつ「イオ」を探査する計画と、海王星最大の衛星「トリトン」を探査する計画も候補として選ばれており、今秋以降にもこのなかから最大で2つのミッションを採択。その後、実際に開発し、そして打ち上げへと進むことになる。今回の研究が採択に影響を与えることになるかどうかはわからないが、2つの金星探査ミッションの候補にとっては、追い風となることは間違いないだろう。

NASAはまた、欧州宇宙機関(ESA)と共同で、「エンヴィジョン(EnVision)」という金星探査ミッションも検討している。EnVisionは合成開口レーダーを使って、地表を高分解能で撮影するほか、大気を観測できる機器ももち、金星の地質活動と大気の関係を理解し、兄弟星と呼ばれる金星と地球が、なぜ異なる進化の道を歩んできたのかを調査することを目指している。

  • 金星

    NASAとESAが共同で検討を進めているエンヴィジョン(EnVision)の想像図 (C) EnVision Consortium

ロシアやインド、民間も金星へ

いっぽう、ソ連時代から金星に熱心に挑んでいたロシアも、新たな金星探査ミッションを計画している。

ソ連は1961年から1983年にかけ、「ヴェネーラ」と呼ばれる金星探査機を矢継ぎ早に打ち上げた。失敗も多かったが、1969年の「ヴェネーラ4」で初めて科学観測に成功したのを皮切りに、1970年の「ヴェネーラ7」では、史上初めて地球外の惑星の地表への着陸、それもとりわけ厳しい環境の金星への着陸に成功。さらに1981年の「ヴェネーラ13」の着陸機は、金星の地表で127分間も稼働するなど、数々の成果を上げた。

その伝説の探査機の名を継いだ「ヴェネーラD」は、2026年以降に打ち上げが予定されている。探査機は周回機(オービター)と着陸機(ランダー)から構成され、周回機は金星の大気や気象、磁気圏などについて、着陸機は表面の地質や地表付近の大気について観測。とくに着陸機は、最新の技術を使い、ヴェネーラ13の記録を超える、最高3時間の稼働、観測を目指すという。また両者を合わせて、地表と大気の相互作用の解明も目的としている。

また、近年月・惑星探査で大きな成果を上げつつあるインドも、2023年ごろに「シュクラヤーン」という金星探査機の打ち上げを計画。中国も2030年までに金星探査を行う意欲を示している。

日本は現在、「あかつき」を運用中で、長年の謎だった金星のスーパーローテーション維持のメカニズムを解明するなど、数多くの成果を上げており、こうした成果を踏まえたうえで、また新たな謎の解明に向けた、次の金星探査計画の立ち上げが待ち望まれるところである。

さらに、小型・超小型衛星打ち上げ用のロケット「エレクトロン」を運用する米国ベンチャーの「ロケット・ラボ」は2020年9月、同ロケットの上段を改良した金星探査機を開発すると表明。早ければ2023年にも金星へ送り込み、大気や生命体の探査を行うと発表した。実現すれば、民間による金星探査として、また惑星探査としても史上初となる。

かつて金星は、地球と似ている点が多いことから、生命がいたり、人類が移住したりできる惑星だと思われていた時期があった。その後、1960年代以降に金星探査機による探査が進むにつれて、とても生命は生きられない、過酷な環境であることがわかるとともに、そうした期待は消えていった。

しかしいま、新たな理論的研究と、観測や探査といった工学技術の発展により、ふたたび金星が、宇宙生物学的に魅力的な天体として立ち上がってきた。この先、どのような発見や成果が待ち受けているかはわからないが、金星がさまざまな意味で、その気温のように熱い天体になりつつある。

  • 金星

    ロシアが開発中の金星探査機ヴェネーラDの想像図 (C) IKI

参考文献

Phosphine gas in the cloud decks of Venus | Nature Astronomy
Possible Marker of Life Spotted on Venus | ESO
プレスリリース - 金星にリン化水素分子を検出 ~生命の指標となる分子の研究に新たな一歩~ - アルマ望遠鏡
Overview | Venus - NASA Solar System Exploration
EnVision - Europe's Revolutionary Mission to Venus