これからのイノベーションを生み出すために必要なもの
そして5つ目の「イノベーションのDNA」というトレンドだが、これは継続的なイノベーションエンジンをどうやって生み出していくか、という話となる。
ポストデジタル時代において、テクノロジーを単純に使いこなす、業務に導入するといった取り組みだけでは他社との差別化としては不十分なものとなる。ではどうするべきか、自社のデジタルテクノロジーの成果を他社に展開・遍在化、つまり横展開していくことで成果をプラットフォーム化し、新たな価値を生み出し高めていくことが提言されている。
ただ、これだけでは現在あるテクノロジーのビジネスを拡大するだけで、次のイノベーションを生み出す、ということにはつながらない。そこで必要になってくるのが「サイエンス(科学)」の存在であり、企業がサイエンスの進歩を支えることで、破壊的インパクトを与えられるようになるとする。
時代背景が異なるため一概には言えないが、かつて日本は多くの電機メーカーがさまざまな研究所を有し、今すぐに役立たないが、いつかは役に立つかもしれない研究を進め、そこから多くの成果が実際に生み出されてきた。しかし、2000年代に入り急速にビジネス環境が変化、すぐにでも売れるものが優先され、長期的な研究に対する締め付けが厳しくなっていき、多くの研究所が閉鎖されることとなった過去がある。大学に交付される研究費も国家予算に限りがあるとはいえ、年々削減が続き、研究施設や設備が更新できない事態に陥っていたり、果ては人員不足によって教授クラスの人物であっても科研費を獲得するための書類づくりに日夜いそしまなくてはいけない事態となり、研究どころではない状況に日本人ノーベル賞受賞者の多くが、今役に立たなくても100年、1000年後に役に立つ基礎研究の重要性を声高に語るようになっている。アインシュタインが1900年初頭に一般相対性理論を提唱したが、広く一般に活用される技術に落とし込まれるのはGNSS(いわゆるGPS)が登場する約100年後まで待つ必要があったのは、まさに基礎研究が技術として実用化されるまでに必要となる時間の長さを象徴する話であろう。
また同レポートでは長期的な視点のサイエンスの活用のみならず、明日のビジネスの種としての「DARQ(分散型台帳技術:DLT、人工知能:AI、拡張現実:XR、量子コンピューティング:Quantum Conputingのそれぞれの頭文字)」にいち早くリーチし、将来基盤の構築を進めることも提言している。世界中が注目する量子コンピュータは、水面下で多くの企業が自社のビジネスに活用できないか、といった調査を進めており、日本でもそうした動きが活発化してきている。
テクノロジーCEOになるために必要なもの
サイエンスとテクノロジーを企業のDNAに組み込んだ「イノベーションのDNA」を実現するのがテクノロジーCEOの役割である。
しかし、それは単に先端技術に詳しいCEOであれば良い、という話ではない。山根氏は「テクノロジーCEOは企業の核にテクノロジーを融合して考えられるテクノロジー思考を持つCEO」であると表現する。
ただ、これは言うは易く行うは難しである。山根氏も「CEOに限らず企業のビジネスの中にテクノロジーを融合することができる役割の人物が居ればよい」とするが、従来的なCEO、CIO、CTOといった役割分担で考えている限りは成し遂げられるものではないとする。企業の変革には耐えない熱意を持ち続けるリーダーが必要であることに異論はないだろう。しかし、そこに新たな事業を構築するための柔軟性、しかも問題に備えるための頑強性」と、予測を超える変化にも速やかに適応できる「反脆弱性」の2面を有している必要がある。山根氏は「ただ、これをなんでもかんでも1人でやろう、という考え方を止めるべき」だと指摘する。つまり、信頼に足るタッグを組める相手を見つけることが肝要であり、適切なチームとして組織し、そのメンバーを社内外から広く集め、意見交換をして、その中からインスピレーションを得る必要があるとする。
多くの企業がデジタルトランスフォーメーション(DX)の言葉の下、単なるハードウェア、ソフトウェアを提供するビジネスから、プラットフォーム化し、サービスを提供するビジネスモデルへと転換しようと試行錯誤を繰り返している。テクノロジーCEOとは、それを成し遂げるためのリーダーであり、それを支えるチームであると言えるだろう。