地上と宇宙の実証機会を用意
JAXAの次なる仕掛けが「出口」を用意したこと。このプロジェクトの推進役である、JAXA新事業促進部・菊池優太さんによると「『Space Life Story Book』をベースに、ワークショップなどで複数の会社が一緒に課題解決策を考え、メンターの方たちがビジネス化をお手伝いする仕組みも作りました。とはいえ、考えた先の『出口』を作らないと企業の皆さんに本気で取り組んでもらえない。そこで企業にとって目標となる新たな『出口』も用意しています」
その出口は2つ。1つは「宇宙」。2020年9月4日までに集まった生活用品の提案の中から実際に開発してもらい、ISSの搭載基準を満たしたものを2022年度以降にISSに打ち上げる。選考基準は主に4つ。(1)宇宙滞在中の生活の利便性を向上させるもの。(2)地上の課題も解決しビジネス展開が期待できるもの。(3)スケジュールを含めて開発の実現性があるもの。(4)安全性などISSへの搭載可能性だ。
「2022年度以降、宇宙飛行士が行くときに使ってもらいます。できれば、日本人宇宙飛行士が行くたびに募集をしたいと思っています」(菊池さん)
そしてもう1つの出口が「地上での実証の場」。「宇宙に品物を持っていければベストですが、どうしても宇宙はハードルが高かったり、搭載までに時間がかかったりするし、持っていける数にも限りがあります。せっかく宇宙に挑戦したいと思ってくださる企業が、途中で挫折しない仕掛けも必要と思いました。そこで宇宙を目指す手前で地上実証できる場があればメリットになるのではないかと」(菊池さん)
地上での実証の場。その第1弾が、日本各地にあるコワーキングスペース・リビングエニウェア(ライフルが運営)とのタイアップだ。宇宙に持っていくプロトタイプを様々な人に使ってもらい、使用感などをフィードバックしてもらう。「ここはクリエイターや起業家が集まる場でもあるので、ビジネス展開につなげる共創の場になれば」と期待する。
「きぼう」を「日本のイノベーション見本市」にしたい
菊池さんはJAXAで民間企業と共に宇宙の新しい事業を促進するJ-SPARC(宇宙イノベーションパートナーシップ)プロデューサーとして、今まで宇宙に関わってこなかった人を巻き込もうと格闘し、課題も感じてきた。「『宇宙っていいよね、なんかうちもやりたいよね』という話まではみなさん思って下さいます。でも社内で上司に説明する時点で『それ、金になるの?』で終わっちゃう」
そこをどう突破するのか?
「宇宙だけがゴールでなく、宇宙を考えることが地上の新規事業につながる。今は地球の重力の中でしか、発想していないけれど、重力(つまり常識)を解き放ってアイデアを飛ばすこと。宇宙を考えることが新しい生活様式を考えるヒントになるかもしれない。たとえば、今は歯を磨くことが当然だと思っているけどマウスウォッシュなどそのほかの方法がないのか、食事は1日3食と思い込んでいるけれども、かつて電気のない時代は2食だったことを考えるとその『あたりまえ』が変わるかもしれないし、水の要らない洗濯機はできないかなど、宇宙生活などを軸に地上の生活の常識を考え直してみることが、イノベーションに繋がると思います」
宇宙日本食は日本人宇宙飛行士がISSに搭乗する際、ボーナス食として持ち込んでおり、栄養バランスがとれていて美味しいと世界の宇宙飛行士に大人気だという。現在、日本人宇宙飛行士がISSに滞在する時はNASAの生活用品カタログからピックアップしているが、匂いのしない下着など、過去に日本の民生品がISSに搭載された例もある。日本製の商品は衣食住の生活分野でもっと利用してもらえるはずだ。
「ISSの日本実験棟『きぼう』を日本の技術見本市、いやイノベーション見本市にしたい」(菊池さん)。その技術が地上の課題を解決できたら画期的ではないだろうか。
地上では日の目をあびなかった技術や眠っていた特許が宇宙を意識することで活躍するかもしれない。まずはあなたの発想を重力から解き放ってみませんか?後編となる次回は「宇宙から考える健康・美しさ・快適さ」ワークショップで宇宙飛行士や下着会社、化粧品会社などの参加者が交わした活発な議論を紹介したいと思っています。